曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう11
「ジュシスカさん、木剣折れちゃったんですけど」
「あれも一応、一番硬いといわれる木で作っているんですがね」
「ジュシスカさん、ルイドー君起きないんだけど」
「意識はあります。フィアルルーの本気を食らうと痛みで悶絶しますから」
「ジュシスカさん、ルルさんがこっち見てるんだけど」
「そうですね」
すっと宝剣を腰に戻したルルさんが、普段と同じ足取りでこちらへと戻ってくる。それと同時にジュシスカさんが離脱した。倒れているルイドー君を助けるためか、近寄って起こそうと手を肩にかけたものの、ぺいっと払われている。ちょっと可哀想だったけれど、ルイドー君に意識があることは確かなようだ。
すげなくされたジュシスカさんだけれど、しばらくルイドー君を見てからもう一度ルイドー君に手を掛け、肩に担ぎ上げてしまった。バシバシと背中を叩いて抗議しているルイドー君に構わず歩き始めたジュシスカさんは、その抗議が肘打ちになったところでしかたなく止まり、元の場所へ戻って折れた木剣を回収してルイドー君に渡す。
それからは折れた木剣で叩かれようが気にせず再び歩き出す。
救護室とかに行くのかなあと見送った途中で、その姿はルルさんに遮られた。
「リオ、頑張りました」
「頑張っ……てた?」
「はい」
「そっかあ。ルルさんおつかれ」
「はい」
どちらかというとルイドー君の方が頑張りまくっていて、ルルさんはこう、片手間というかハナホジというか、全然頑張る必要もないぜって感じだった気がするけれども。子猫にじゃれつかれているシェパードみたいな。
でも、本人としては頑張ったと思っているんだったらそれはそれでいいのかもしれない。
「……」
「……」
はいと頷いたルルさんは、そのままにこにこした顔で私を見つめている。
なんだろう。
何か話があるのかと思って待っていると、そのままお互いに見つめる形で時間が過ぎた。え、これお互い待ちの姿勢になってない?
「リオ、褒めてはくださらないのですか?」
「えっ?」
「ルイドーのことは熱心に褒めていましたが」
「えっと……ルルさんもすごかったと思う。めっちゃ強いんだね。剣豪って感じ」
まさかの褒め言葉待ちだった。
ルルさんは褒められて伸びるタイプなのかもしれない。モチベーションは大事だ。
とりあえず褒めてみたけれど、ルルさんの眉尻はちょっと下がった。なぜ。
「まだ未熟な身ではありますが、私にできることの中で恐らく剣が最も優れているものです」
「いやめっちゃすごかったよ。ただ私は素人なんでよくわかってない部分もあるかもしれないごめん。すごいと思う本当に」
「2日前の方が熱心に褒めてくださいましたね」
「え? そんなことあったっけ?」
「ありました。昼食の片付けで皿を持つ私を熱狂的に褒めてくださいました」
「あぁ……」
最近はちょいちょい他の人と一緒に食べているけれど、その日はルルさんと2人だけのお昼だった。そしてスープものとか、嵩張る食器がたまたま多かった。
テキパキ片付けするルルさんが、絶対一度では運べないと思ったその食器類を上手いこと重ねて全部片手で運んだので、思わず歓声を上げたのである。
「誰でもできるようなことでは褒めてくださったのに」
「いやアレもできる人ほとんどいないと思うよ? 神バランスだったよ?」
「未熟なルイドーの方が、リオにとっては褒めるに値する相手でしたでしょうか」
なんでこんなことで憂いを帯びているのかルルさんよ。意外と自分が一番じゃないといやなタイプだったりするのだろうか。
「あの……ルルさんは割といつもすごいというか……すごい状態が普通になっているというか、いつもすごいなあと思ってるので」
「そうなのですか」
「うん。いつも気遣いとかすごい細かいし、大体困ってると解決してくれるし。毎日ありがたいなあと思ってるから、それがなんかこう日常になっていてこう……いちいちテンション上がって褒めてたらキリがないというか?」
すり寄ってきたメルヘンにねーと同意を求めると、ブルムヒンと返事をもらった。
ルルさんはなんというか、雰囲気も相まってものすごく安定感があるし、大体なんでもできそうだし、実際なんでもできる感じなのでそれが普通になっている感じはする。
どんなすごいことでもルルさんなら納得できるというか。
でもそれは本人にとっては、ハードルが上がると同じことなのかもしれない。
「どんなことでも、やれて当たり前って思われたら辛いよね。ごめん。ここに来てから色んな人がそんな感じだからつい麻痺してたかも。これからはルルさんが辛い気持ちにならないように気をつけるね」
「辛い気持ちではありませんでしたが、リオには褒めてもらいたいのでぜひお願いします」
「直球だねえ」
「どちらかというと、他の人間を褒めている方が気に食わないので控えてください」
「ど……ド直球だねえ……」
他の犬を撫でると怒るシェパードが私の頭の中を横切った。
恥ずかしげもなくそういうこと言えちゃうあたり、ルルさんの肝は据わっているなあ。
努力してみるというと、どうぞよろしくと返されてしまった。
「えっとー、メルちゃんは全然怖がったりしてなかったね!」
「ええ、興味深そうに見ていましたが、切っ先の届く範囲には入りませんでしたし、見込みはあるかと」
「よかったねえメルちゃん。いい子だねえ」
夢見るパープル色の長い鼻面をよしよし撫で回しながらそう言ってしまい、言ったそばから褒めてしまったとハッとしたものの、ルルさん的には生き物は別に気にしないようだった。
よかった。よく考えるとヌーちゃんには普段カワイイでちゅねーとか言いながらお腹に鼻を埋めることもあるので、それも禁止されると辛いものがあった。モヒモヒと手をメルヘンに唇で揉まれながら安堵する。
「ルルさんはでもほんと普段からすごいよね。朝も私が起きたタイミングで声掛けてくれるし、奥神殿でも扉開けると絶対こっち見て待ち構えてるし。あと最近は私の好きそうな食べ物を当てる技術がすごい」
「リオが喜んでくださっているのなら幸いです」
「めっちゃ喜んでるよ。いつもルルさん感謝祭だよ」
メルヘンを厩舎へと戻しながら、ルルさんを意識的に褒めてみた。
しかしこう考えるとルルさん、休みがないな本当に。
「ルルさんって私が来る前は休日とか何してたの?」
「そうですね……鍛錬をしたり、街の様子を見て回ったりしていました」
「それ休みじゃなくない? もっと休もうよ。私がいうのもアレだけども」
「では今度、一緒に休みますか?」
「いや一緒にいたら結局ルルさんは仕事になるのでは」
あれこれと言い合いながら手を洗い、部屋へと戻っておやつタイムに突入する。 すかさず出てきたヌーちゃんにお座りをさせている頃にやってきたのはフィデジアさんだった。




