曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう10
「ジュシスカ、リオを頼んだ」
ルルさんに声を掛けられて、木と一体化していたジュシスカさんがこちらに歩いてきた。途中で「こんにちは、ルイドー」と声を掛けていたけれど、ルイドー君はなんとプイッとそっぽを向いただけである。礼儀を叩き込まれているはずのルイドー君が珍しい。
「ルルさん、さっき鍛錬にならないって言ってなかった? いいの?」
「かまいません。ルイドー?」
「はいっ! フィアルルー様に手合わせして頂けるだけで幸せです!」
鍛錬は幸せを求めるものではないような気もするけれども。いいのか、本人がいいならそれで。ルイドー君はすごく嬉しそうな顔だしいいのかもしれない。
「じゃあ頑張ってね」
「リオ」
ねーねーなでてと近寄ってきていたメルヘンがまた中庭を走り出し、ジュシスカさんが私の近くに来て、ピスクさんは元の場所に戻った。
ニャニとの距離に気をつけつつ手合わせを観戦する体勢に入っていた私に、ルルさんが一歩近付いた。太陽を背負って、ルルさんの微笑みに変な迫力が出ている。
「どうぞ、ルイドーを応援なさいませんように」
「えっ?」
「わかりましたか?」
ぐっと詰め寄られながら念押しされて、私は黙って頷いた。するとルルさんは一度だけ頷いて、それからルイドー君のいる方へと歩いていく。
「ジュシスカさん、手合わせって応援しちゃダメなの?」
「別にそういった決まりはありませんが」
「そうなんだ。うるさすぎたかな」
ジュシスカさんは今日も憂いを帯びた顔でさらりと長い金髪を背中へ払ってはふうと溜息を吐いている。この前なにか人生に心配事でもあるのかと言ったけれど、憂い顔がいつもの顔らしい。子供の頃から何百回と質問されてきたことのようだ。
「始まりますよ」
「あ、うん」
促されてルルさんたちを見ると、お互いに剣を構えている。ルイドー君はさっきの木剣、ルルさんはいつも持っている剣だ。
ルルさんの剣は頑丈そうな鞘とは反対に、どこか華奢な印象を受ける。ピスクさんの剣がいぶし銀のような暗い色だったのに対して、ルルさんの剣は白銀だ。太陽の光に反射して、剣の側面に何か模様のようなものが彫られているらしいことが見てとれた。
「ジュシスカさん、ルルさんの剣、あれがなんかすごいやつ?」
「はい、あれが宝剣です」
「宝剣ってなんなの? 前は闇を切り裂く的なことを言ってたけど」
「端的にいうと、何を斬りつけても刃毀れせず、折れもしない丈夫な剣です」
「めっちゃ丈夫なんだねえ」
「持ち主を選ぶといわれており、選ばれたものが死ぬまではどのようにしても手元に戻ってくるとか。川に落とされた宝剣が持ち主の元まで戻った話が有名です」
昔の有名な剣の名手の逸話は、神殿騎士が小さい頃によく聞かされるものらしい。ルルさんやジュシスカさんが子供の頃に前の持ち主が亡くなったので、我こそはと思っていたジュシスカさんはルルさんが選ばれてものすごくがっかりしたそうだ。
「ど、どんまい……」
「元より剣を集めるのが趣味ですので、宝剣には嫌われたのかもしれませんね」
「趣味なんだ」
「はい」
ジュシスカさんの部屋には100本くらい剣のコレクションがあるというヤバい情報を入手したところで、ルイドー君がいきなりすっ飛んだ。
「あれっ、もう終わってる?」
「見逃しましたか。ルイドーが足元に隙を作り、フィアルルーがそれを突いて蹴り転ばせました」
「蹴りありなの?!」
ありらしい。
ジュシスカさんと話をしつつルルさんたちを見ていたつもりだったけれど、ふと目を離した間に終わってしまった。
だってお互いに全然動かないからつい。まだ始まらないのかと思って。
派手に転がっていたルイドー君が、まだまだァと声を上げながら立ち上がり、剣を構える。気合十分である。フィアルルーさんはこちらを見ていたけれど、それに応えてもう一度剣を構え直していた。
やはりルイドー君に期待している部分もあるのだろう。
「フィアルルーはどんな手を講じても必ず鋭い反撃をしてくるので、斬り込むのが難しいのです」
「へええ」
「ルイドーも何度か痛めつけられたことがありますから、構え過ぎるところもあるのでしょう。あれはフィアルルーのことを何より慕っておりますし」
「そういえばルイドー君、ジュシスカさんに冷たくなかった?」
「私は嫌われておりますから。幼い頃にあれほど世話をしたというのに……」
ジュシスカさんも西の小神殿で仕えていた時期があり、幼児くらいのルイドー君のお世話をしたそうだ。
ルルさんのお世話が適当すぎるように見えた彼は、丁寧に子供たちの相手をしていたらしい。ルイドー君もたくさん遊び、たくさん食べさせ、たくさん寝られるように寝物語を聞かせたりしていたらしい。
「それなのに嫌われてるの?」
「ええ、何故か子供には嫌われるのです。極めて雑な対応をしていたフィアルルーは今でも慕うものが多いというのに」
「そ、そっか……」
過剰なお世話が逆効果になるタイプなのだろうか。
何故か動物にも嫌われやすいという話を聞いたところで、またルイドー君がすっ飛んだ。
一瞬前までさっきと同じように動いてなかったのに。
「あれっ、また見逃した」
「今度は振りかぶり過ぎていましたね。ルイドーは感情を剣に出すので、そこがよろしくない」
ゼーハーしているルイドー君が、ガバリと起き上がってまだまだと声を上げた。ルルさんはこちらを気にしているようだったので、大丈夫だよアピールとして手を振っておく。視界の端、私の3メートル隣でニャニも片手を挙げているのが見えた。
ルルさんはしばらくこっちを見たあと、またルイドー君に向き直る。
「ルルさん、一瞬で倒すのすごいね」
「ルイドーはまだ力も弱いので……フィアルルーに剣を使わせるほどの経験を積んでいないのです」
「そうなんだ」
今度は見逃さないようにと、黙ってルルさんたちを見つめる。
じっとしている2人は、いきなりルイドー君が斬り込んで、ルルさんがそれをいなしてから空いている場所に蹴りなどをお見舞いすることで終わった。らしい。私はルイドー君がなんか動いてルルさんも反応したなくらいしかわからなかった。
前転するようにぐるんと回って地面に叩きつけられたルイドー君が、不屈の闘志でまた立ち上がった。砂埃まみれになっているし、息も荒い。蹴られた場所が痛むのか顔をしかめていることもあるけれど、また立ち上がって声を上げる。
ルルさんは当然、息ひとつ乱していなかった。綺麗な姿勢で立ったままルイドー君を見下ろしている。
「ルイドー君、すごいなあ。頑張るねえ」
「こう何度も相手をするフィアルルーはかなり稀ですから、嬉しいのでしょう」
「無理しないでくれるといいけど」
圧倒的な実力差がある相手に食らいつくように向かっていくルイドー君は心が強い。そしてそれを歯牙にも掛けないルルさんはめちゃくちゃ強い。
ルイドー君が起き上がるたびに、ハラハラする上に応援したくなる。しかしルルさんに念を押されているので、私はあっ、とか、がんっ、とか謎の言葉を発するだけになっていた。もどかしい。
「なんで応援しちゃいけないのかな」
「応援してはいけないとは言ってませんでしたよ、フィアルルーは」
「えっ? そうだっけ?」
ジュシスカさんを見ると、ふうと溜息を吐かれた。
「フィアルルーは心の狭い男ですから。他の人間ではなく自分だけを応援してほしかったのでしょう」
「え……そんなことある?」
「どうぞ、応援してみてください。あの男のことですから、喜んで剣を振るうと思いますよ」
ジュシスカさんがものすごくぞんざいに促してきた。
彼によると、ルルさんは私がルイドー君を応援しているのがつまらなかったと。なので自分も応援してもらおうと手合わせを始めたと。
「そんなヤキモチのようなことを……」
「ほら早く。フィアルルーの剣は見ものですよ」
「えぇ……ルルさんー! 頑張ってー!」
よろよろ起きたルイドー君がまた剣を構えて頃合いを見計らっていたところへ、言われた通りに声をかけてみた。邪魔しないようにあまり大きい声ではなかったけれどルルさんには聞こえたらしく、こちらを振り向く。
そしてルルさんはにっこりと笑った。
それはもうにっこりと。爽やかに。
「はい、リオ」
初めてルルさんから動いた。
と思ったら、ルイドー君がべしゃっと伏せていた。
あとルイドー君の木剣が真っ二つに切れていた。
「え……なに今の……」
「そういうことです」
ジュシスカさんが深く息を吐いて頷いた。
どういうこと。




