曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう9
「手合わせって誰とやるの? ルルさん?」
「フィアルルー様、ぜひお願いします!」
手が暇になったのを見逃さず撫でられようとするメルヘンを宥めながら訊くと、ルイドー君も意気込んで頭を下げた。
しかしルルさんの対応は塩だった。
「すみませんリオ、差がありすぎて鍛錬になりませんので……」
申し訳なさそうな顔が逆に残酷である。胸を貸すとか、腕前を見るとかそういう選択肢もないらしい。
流石のルイドー君もショックなのではと心配しながら見ると、ルイドー君は悔しがりながらも「いつかきっと……!!」と闘志に燃えていた。大丈夫そうだ。
「差を鑑みてもピスクあたりが妥当かと」
振り返ると、中庭の入口の方でピスクさんが通常通り微動だにせず立っている。ちなみにジュシスカさんは反対側の入口の方でのんびりと立っていた。日陰で大きな木の近くなので若干背景に溶け込んでいる。
ルイドー君がピスクさんの方へ走っていって頭を下げる。
「ピスク様、どうか手合わせをお願いします」
明らかにルルさん相手とはテンションが違うものの、丁寧なお願いにピスクさんは頷いてルルさんとジュシスカさんを見てから、こちらへと歩いてくる。メルヘンが新しくかまってくれる人が来たと思ったのか喜んでピスクさんの方へと鼻先を突き出し、大きな手でワシワシと撫でられていた。
「メルヘン」
嬉しそうにムヒヒヒンと鳴いているのをルルさんが呼び、手綱を引いて合図した後にお尻のあたりを叩くと、メルヘンは尻尾を揺らしながらかっぽかっぽと中庭を散歩し始めた。
「ルルさん、ルイドー君が手合わせするなら、メルちゃんうろうろしてると危なくない?」
「今日ルイドーを呼び出したのは、メルヘンを剣戟に慣れさせるためなのです。近くで戦いが起こったときに怯える馬であれば、リオを乗せて街へは降りられませんから」
パステルがルルさんを慕っているように、メルヘンは私に懐いてくれている。なので、ルルさんはメルヘンを私の馬にしようと考えてくれている。親のパステルは既に一通りの調教は終わっているけれどメルヘンは始めたところだったので、少しずつ進めていくことにしたらしい。
「今日はまず剣での戦いを怖がらないか、そして逆に警戒心もなさすぎないかを見ましょう。できればパステルのように騎馬での戦いができるほど度胸があると助かるのですが」
「ルイドー君、メルちゃんのために呼び出されたんだね……」
「実力が上の者と手合わせすることは、見習いにとって貴重な経験ですからお互いに利益がありますし」
ルルさんがしれっと微笑みながら言った。本当かなー本当にそう思って提案したのかなー。
こっちを見ながらじっと手を挙げていたニャニをルルさんが抱えて隅の方へと避難させると、ルイドー君とピスクさんがお互いに向き合った。
ピスクさんが剣を抜く。その体格に合ったサイズなのか、ピスクさんの剣はルルさんのものより大きいようだ。
「ルルさんルルさん、ピスクさんのアレ本物なのでは……?」
「ええ。ピスクも手合わせの相手に血を流させるほど下手ではありませんから、心配することはありません」
「血を流させるほど、ってことは、出血以外はあるの? ねえ打撲はありなの?」
「見習いは怪我をするのも仕事のうちです」
「ものすごく大変な仕事だねえ……」
ルルさんも見習いの頃は、毎日アザだらけになっていたらしい。痛そう。
「どういう動きで怪我をしたか、というのを知るのも重要です。繰り返し体の癖や相手の得意な動きを分析して反映させていくうちに、様々な動きを体が覚えていきます。それを長年積み重ねていくと、うまく言えないのですが己の剣というものが見えてきます。そうすると怪我はほとんどしなくなりますよ」
「なんかすごいお言葉だ。ルイドー君聞こえたかな今の」
さらっと言ったけれど、ルルさんそれは達人とかの領域では。慄きつつルイドー君たちを見守ることにした。
2人の体格差は圧倒的である。ルイドー君はまだ小柄で、身長も私と同じくらい。対してピスクさんは縦にも横にも大きいムキムキ体型である。
一方的に負けてしまうのではと心配したけれど、始まってしまうとそれは杞憂だったとわかった。
「おおー……! ルイドー君すごいね!」
「あれでも腕だけは一目置かれていますから」
剣を使いながらずんずんと詰め寄るピスクさんに対して、ルイドーくんは後退しているものの剣はきちんと躱していた。素早く避けては、反撃を繰り返している。体が小さい分、反射神経がいいのかもしれない。
「すごい! 全然負けてないよ! すごいねルルさん!」
「ピスクはまだ手加減をしていますが、ルイドーはまた腕を上げたようですね」
「頑張れルイドー君!! 勝てるよー!」
新しい遊びか何かだと思っているのか、2人の周りをメルヘンが走っては近寄ったり遠ざかったりしている。そんな状況でもルイドー君の集中は途切れず、隙あらば攻撃を仕掛けていた。
ピスクさんも姿勢こそ崩さないけれど、ルイドー君が繰り出した攻撃に後退して距離を取ることもあった。なかなかアツい戦いである。
「頑張れー! すごいすごい!! ルイドー君いけー!」
「リオ」
「勝てるよー! ルイドー君今輝いてるよ! 負けるなー!」
「リオ」
呑気に観戦していると、ルルさんに手で口を塞がれた。大きな手なので、私の顔の下半分くらいを覆ってしまっている。
え、何。もしかしてうるさかった? 手合わせは歓声禁止だったのか。
鼻も塞がれかけているのでムゴムゴともがく。
「ああ、失礼しました。これで苦しくないですか?」
鼻周辺を塞がないように、改めて口を塞がれた。
いや失礼しましたじゃない。してるしてる。現在進行形で。気遣うとこそこちがう。
手を叩いて伝えようとしたけれど、どうやらそれは失敗したようだ。ルルさんはにこりと笑うと私のやや後ろに一歩近寄り、口を塞いでいない方の手でよしよしと私を撫ではじめる。
いやマジで何。
何この状況。ルルさん私を馬だと錯覚する病にでも罹ったのか。
動かせる目線で周囲を探る。ルイドー君たちは当然お互いに集中して剣を振るうのに忙しいし、それを楽しんでいるかのように走り回っているメルヘンは時々近付いてくるものの、イエーイと言わんばかりに近くへ来てはまた走っていく。ジュシスカさんは完全に木と一体化していた。仕事しろ。
唯一ニャニがルルさんの動きに反応してガバッと口を開けたけれど、しばらくするとゆっくりと口を閉じてしまった。シャーせんのかい。
そんなこんなでルルさんが私の口を塞いで頭を撫でた状態でそのまま観戦体勢へと戻ってしまったので、私もそうせざるを得なかったのである。
言わ猿状態で見守っていると、やがて勝負がついた。ルイドー君たちの。
尻餅をついたルイドー君は息を切らせていて、ピスクさんはそうではなかったけれど額に汗が流れていた。激しく動いていたのだから当然だろう。言葉が物理的に出せない分手を振って健闘を称えると、ルルさんが手を掴んで私の体の横へと戻した。なんでや。
流石に抗議するように私の口を塞いだ手を叩くと、ルルさんがようやく離してくれた。口元の開放感を味わっている私を覗き込んで、ルルさんが微笑む。
あ、この笑顔。なんかこわいやつ。
「リオ、少しお側を離れてもよろしいですか?」
「どうぞどうぞルルさんの好きなように」
「ルイドー」
ピスクさんの手を断って一人で起き上がったルイドー君が、ぱっと顔を上げる。それを見返したルルさんの笑みは、これまた見たことのない種類のものだった。
「手合わせを」




