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曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう8

 増やしたサカサヒカゲソウは、順調に根を乾燥させているらしい。コツコツとカラオケをしては株を増やして、ついでにフコもそこそこ育てつつ、私は平和に過ごしていた。


「メルちゃんー可愛いねえー今日もイチゴスメルだねえ」


 中央神殿にある中庭のひとつは、学校のグラウンドのように地面だけが広がっている。そこでゴロゴロと寝転がっていたパステルパープルの馬は、私の声を聞き付けて立ち上がり、嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。

 馬が寝転ぶというのをしらなかったけれど、ルルさんによると警戒心の強い個体や種だと立ったまま寝る馬もいるらしい。メルヘンは特別のびのび生きているので、どこでも寝転がるしそのまま寝るのも得意なんだとか。かわいい。

 メルヘンが起き上がるとき、いつも心の中でよっこいしょと付け足してしまう。なんかそんな感じの起き方である。


 ブルブルと鼻を鳴らして擦り寄り、撫でろと言わんばかりに腕の下に鼻先を突っ込むメルヘンはものすごく可愛い。親であるパステルを撫でていても、かまえと主張するように視界を顔で遮ってきたり、帰るときには服を引っ張ったり、感情表現の豊かな馬だった。


「リオ、汚れますよ」

「今日はメルちゃんと遊ぶための日だから……」


 とはいえ、メルヘンのよだれが服につかないようには気を付ける。

 汚れてもいい服がいいなといった私にルルさんが用意したのは、木綿っぽいワンピースである。生成り色のそれは素朴だけれど、濃い色の上を重ねて編み紐で締めると外出着のようになって汚してはいけなさそうな感じになってしまったのだ。


「メルちゃんおやつ食べる? おやつだよー」


 メルヘンが喜んで鳴く前に、シュタッと私の袖から飛び出して地面に着地したのはヌーちゃんである。完全におやつという言葉を覚えたらしい。


「ヌーちゃん、今メルちゃんのおやつの時間だからね。ヌーちゃんにはちょっと大きいから……聞いてる? ヌーちゃんー?」


 長芋に似た形の野菜を見せてみるけれど、ヌーちゃんはマイペースに後ろ足で立ち上がって私の足に前脚を掛け、まっすぐつぶらな瞳でポケットを見つめていた。

 おやつの場所も覚えているしっかり者である。

 仕方なくポケットに手を突っ込むと、ヌーちゃんは素早くおすわりをした。早く早くと言いたげに前脚を上げはじめたのでおやつを渡す。それから待ちきれずに口先でソワソワと野菜を撫でているメルちゃんにも食べさせてあげた。ボリボリと伝わる音が美味しそうである。


「ヌーちゃんが神獣でよかった。普通の生き物だったら、私ものすごく太るまでおやつあげそうだし」

「しかし、ヌーちゃんは最近やや丸くなってきた気がしますね」

「えっルルさんもそう思う? やっぱりヌーちゃん食べ過ぎなのかな……」


 神獣は体の作りが普通の動物とは違うので、食べ物はあまり生きていく上で関係がないというのは聞いたけれども。流石に摂取カロリーが影響しているのだろうか。

 これからは食事のご相伴をお断りすべきか。でもあの可愛いおめめで見つめられると弱いんだよなあ。

 そっと遠くでおすわりを繰り返してアピールしていたニャニにもニムルを投げながら私は悩んだ。


 今日は少し汗ばむくらいの陽気だった。日に日に暖かくなっていて、ルルさんはそろそろ薄手の服も揃えると言っていた。

 帽子がわりに手ぬぐいのような薄いタオルを頭から被りつつブラシでメルヘンの毛並みを整えて、走り回るメルヘンを眺め、一緒に走らせようとするメルヘンをなだめ、遊んでいると見知った人物がやってきた。


「あっルイドー君!」

「よお。こんにちは、フィアルルー様!」


 私にぞんざいな返事をしたあとにキラキラしてルルさんに笑いかけたルイドー君は、相変わらずルルさん大好きボーイのようだ。じっとりと追いかけてくるニャニを気にしつつ、小走りで私たちの方へとやってきた。


「どうしたの? 今日はサボり?」

「サボるかっ! 鍛錬だ、鍛錬!!」


 ほれとルイドー君が示したのは、その腰にある剣である。それは形こそ普通のものだったけれど、素材が木でできたものだった。鞘もなくそのまま革のベルトで固定している。


「おおー、木刀だ」

「なんだボクトーって。これは木剣っつんだよ。見習いはこれで練習すんの」

「へええ、見せて見せて」


 ルイドー君はルルさんを見る。ルルさんは私を見て「危ないので振り回したりしないのであれば」と少し困った微笑みを見せた。ルルさんが頷くとルイドー君が慣れた手つきで木剣を構え、気を付けて持てよと貸してくれる。持ち手を両手で握って構えてみると、ずっしり重い。剣先をルイドー君が持っていたので、実際はもっと重そうだ。


「うおー、騎士っぽいねえ。こんな感じ?」

「そんなへっぴり腰じゃねえよ……お前、もっとしっかり握れ。剣落ちるから脇閉めろ」

「こう?」

「そんな膝伸ばしてたら動けねえだろ。お前ほんとにどんくさ……のんびりしてんな」


 ルルさんの表情を伺いつつも、ルイドー君は基本的な構えを教えてくれた。

 剣が重く重心が取りづらい上に、若干膝を曲げて背中は曲がらないようにあちこちに気を配る必要があって立ってるだけでめちゃくちゃ疲れる。


「難しい……ルルさん、ちょっと見本見せてくれる?」

「構いませんが……ルイドー、リオを怪我させないように」

「はい!」


 木剣をよろめかせる私を心配そうに見ていたルルさんにお願いすると、ルイドー君に念を押してからルルさんが少し離れた。こちらを正面にしてではなく、ちょっとずらした方向で剣を取り出し、ぴたりと構える。


「え、安定感すご」

「やっぱりフィアルルー様はカッコいいなあ……見ろよあの自然な構え。どこにも力が入ってないだろ」

「え? でも力入れないと剣持てなくない?」

「バカ感じろよあの自然さを! どこも力んでねえだろ!」


 木と金属だったら比重が違うのでルルさんの方が重いものを持っているはずなのに、それを感じさせないほど自然に剣を持っている。しかも片手だ。どういう筋肉しているのか。立ち姿も、とても自然だった。私の初打席に立った補欠みたいなガチガチ感がない。


「そろそろリオの腕が疲れる、ルイドー」

「はい。おらよ」

「ありがとう、ルイドー君」


 ルイドー君に木剣を返すと、腕の筋肉がピリピリしていた。ストレッチをする私にルイドー君が情けねえなあと笑うけれど、メルヘンが後ろでルイドー君のマントをクッチャクッチャ噛んでいたので私も笑いたかった。ルイドー君が振り向くとメルヘンは知らん顔した。


「で、鍛錬って何?」

「手合わせだよ」

「おお、かっこいい」


 ルルさんに見ていきますかと言われて、私はもちろんと頷いた。






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