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曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう7

 日陰で逆さになって咲くから、サカサヒカゲソウ。

 人間が暮らす大陸の北部、険しい山岳地帯の崖や岩などに生えている植物らしい。なぜそんな過酷な環境で生きようと思ったのだろうか。ガッツがすごい植物である。


 薄灰色の種は発芽すると青っぽく細い根っこと白っぽい緑の芽をニョキニョキと伸ばし、それから花を咲かせた。花は黄色で、細長い花びらが3枚、垂れるにしたがってそれぞれに螺旋を描く。葉っぱはなくて、ゆらゆらと成長した花はやがて枯れてごく小さく薄い果実を付ける。それが枯れて割れると、中に種が6粒入っていた。

 種が落ちると、茎も根っこからプツンと切れる。そしてまたそこから新芽をだした。


 フコよりも小さい植物のせいか成長は早く、1時間で15株くらい増えた。2時間歌ってからまとめて抱えて奥神殿の部屋を出ると、ルルさんがサカサヒカゲソウを見て片眉を上げる。


「変わった花ですね」

「あっ、やっぱり異世界ここでも変わった形なんだこれ」

「旅をしたことはありますが、似たような花は見たことがありません」


 根っこを上にしてダラーンと垂れ下がる成長をするからか、日陰で栄養状態も悪い場所で育つからか、かなりフリーダムな形状に進化したようである。


「根っこもかなり細くて網みたいな感じなんだけど……」

「こういうもののようですよ。乾かして刻んでから煎じるようです」

「あ、そうなんだ。テーブルに乗せたままだったから変に育ったのかと心配だった」


 わさっと抱えたサカサヒカゲソウを、ルルさんは布でできた袋に入れた。


「リオ、この花についてはどうか増やしたということを他言しないでください」

「はーい」

「長老とも相談しましたが、この能力は限られた者にしか知らせないようにします。リオには、フコの実だけを育てられる力があると広めようと思っているので」

「そうなんだ。なんで?」


 万能栄養食の実を育てる能力を持つというのはなんか救世主っぽいけども、フコは味があんまり美味しくないのでちょっと微妙な気持ちだ。もっとかわいい花とかの方が可憐な聖女っぽいのに。

 イメージ戦略だろうかと気軽に理由を聞くと、ルルさんは真面目な顔で答えてくれた。


「このように、リオの能力を頼って植物を増やそうという国や人々を増やさないためです。ひとつひとつは手間がないかもしれませんが、誰もがそう願えばリオの負担が増えます。そして、誰かひとりの能力に過剰に頼りすぎることは褒められたことではありません」

「めっちゃまともな判断だ……」


 安定のエルフ論である。

 確かに便利ではあるけれど、私の奥神殿農業ありきで進められるとそれはそれで困るのも事実だ。フコのような重い実や木は運び出すのも大変なので、何種類もやれといわれたら困る。


「風邪引いたりして祈れなくなることもあるだろうしね」

「ええ。リオの祈りは、義務でやるべきではないものです。これからも祈りたいのであれば祈って、やめたいと思った時にいつでもやめられるという状況を守ります」

「ホワイトォ……」

「災いのために枯れかけていた大地は、既に元の姿を取り戻しつつあります。それを維持するのは、この地に住むすべてのものが負うべきことです」


 そうきっぱり言うと、ルルさんはにっこりと微笑んだ。

 ルルさんは金髪碧眼で顔がいいから良いこと言ってると聖人か何かに見えてくるな。背後の渡り廊下に片手を上げた青いワニが映り込んでるので台無しだけど。


「まあ、歌うのは好きだから今のとこやめる予定はないけども。ていうか、やめろと言われた方がちょっと困るけども」

「こうして奥神殿で救世主として暮らさないという選択肢もありますよ。緑の少ない今は神の力の発露が強いですが、もうしばらくすればそれほど目立つものではなくなるかもしれませんし。街の外れに行けば、人家がまばらな場所もあります」

「あー、奥神殿で歌わないなら、ここで住まなくても別に良いんだもんねえ」

「はい」


 密閉された完璧なカラオケルームを失うのは相当な痛手だけれど、誰もいない草原とかで思いっきり歌うというシチュエーションにも憧れはある。人口過密な日本では夢物語だったけれど、この世界は広そうだし、そういうこともできるかもしれない。


「そういえば屋台のごはんも美味しかったもんねえ。見たことない料理がいっぱいあって楽しかった」

「祭りの時に限って出る食べ物もありますが、普段から買って食べられる料理や、市井でしか見ない食材もありますよ。食事を買ってすませる人々も多いですから」

「そうなんだ! ここの料理も美味しいけど、色んな食べ物も食べてみたいな」


 煮込み料理は大鍋でたくさん煮るお店のものの方が美味しいらしく、それと主食の固いパンを買って食べるというのはここではスタンダードな食事なのだそうだ。

 大きな川に近い街では海鮮料理が増えるし、森に近い場所では色んな種類の動物が食べられているとルルさんが教えてくれた。ここでは魚は3種類くらいしかメニューにないので、色んな魚介類は気になる。


「地方で暮らすとなるとすぐには無理ですが、奥神殿へ通える距離であれば、今の生活でも街で住むことはできるかと」

「おお……ここに通勤して街で暮らすのも楽しそうだねえ」

「ええ、安全対策を講じる必要がありますが、街でも私がリオを守ります」


 通勤ラッシュもここではなさそうだ。そう想像してふと気付く。


「ルルさん……私が街の家で住むことになったら、ルルさんはどうするの? 通い?」

「まさか。いつ何が起きるかわかりませんから、共に過ごすことになります。私があなたの騎士なのをお忘れですか?」

「いえ……」


 それは、2人で住むことになるという意味では。

 広い神殿では違和感なかったけど、普通の住宅で考えるとかなりアレである。なんでこの人、しれっと普通にしてるんだろう。私が意識しすぎなのだろうか。


「実際に住んでみますか?」

「うーん……しばらくはいいかなあ」


 とりあえず、話題は適当に流すことにした。






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