曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう5
ルイドー君によると、ルルさんは強く、逞しく、頼もしく、勇猛果敢で、それでいてちょっと乱暴なところもあって、飄々とした態度で相手をのしていくようなナイスガイらしい。ときにさりげなく、ときにそっけなく、ときに厳しく教え導いてくれる姿はさながら少年漫画に出てくる師匠役。
そしてルイドー君はそんな師匠に導かれる主人公役……というよりは、憧れて追いかけている女の子っぽい位置である。目キラキラしてるし。ルイドー君、ほんとにルルさんが大好きなんだな。
「あるとき街で大男二人が取っ組みあってたときもな、スーッと入っていって一瞬で二人とも倒したんだ! ほんとに一瞬だったんだぞ! こうやって……」
「すごいねえ」
「でもフィアルルー様は面倒事が嫌いでさ、もうすぐ見回りの交代時間だからって、縄で縛ったままそのまま歩いていったんだよ! そういうとこがまたかっけーよなあ」
「そーだねえ」
いやそれはどうかと思う。街で喧嘩をおっぱじめた挙句一瞬で負かされて縛られたまま放置された大男は、羞恥心で爆発したかったことだろう。ドンマイ。
私のイメージではルルさんって責任感が強いというか、面倒見のいいイメージだったんだけど、ルイドー君によるとそんなことないエピソードも結構あった。
魔物退治の帰りに街で起きた揉め事に駆り出されたときは、流石に疲れでイラついていたのか「うるせえ」とキレていた話はちょっと見たかったくらいである。
ルイドー君のルルさん話はナイアガラの滝のように尽きることがなく、ルイドー君も普段ルルさん自慢をする機会が少ないのか張り切って喋りまくっている。溢れんばかりのルルさんエピソードを自動演奏のように喋りながらお茶を淹れ直したり、私のお皿にお菓子を追加したり、ついでに自分の口にも放り込んだり。私の相槌が適当になってもおかまいなしだ。
いくら自分から望んだこととはいえ、流石に辛くなってきた。ルルさんのパンツの色まで知ってしまって、これからどうすればいいのだろうか。
壁際のピスクさんを見ると、仏像のような顔で立っている。既に無我の境地に達しているようだ。
「おいお前ちゃんと聞いてんのか!」
「あー、うん、ちょっと待って。ルルさん情報が多過ぎて脳が混乱してきたから。休憩休憩」
「まったく軟弱なやつだな! まだ半分も喋ってないのに」
「マジでか……」
そう言いながらもルイドー君自身喋りすぎたと思ったのか、お茶に口を付けて少し沈黙した。マシンガントークをBGMにして眠っていたヌーちゃんが起きた。鼻をヒクヒクさせて小さい舌をペロペロさせたので干し葡萄をあげると、両手で持ちながら齧りつつウトウトしている。
「そういえば、ルイドー君は人間の国とか行ったことある? シーリースってどんな感じ?」
「行ったことない。外の神殿まで巡行できるのは正式な神殿騎士でないと許されないからな。オレはせいぜい街とか、近くの小神殿まで使いで行くくらいだ」
「へえ」
「でも噂話ならよく聞くからな。シーリースはずっと評判悪いぞ」
ルイドー君が手のひらサイズのドライフルーツを千切ってお茶の中に入れながら肩を竦める。
「この国に逃げ込んできた人間は余裕ない奴が多いけど、シーリースは特にそうだな。あそこは上が良くないから、他国の人間とすぐに衝突する。喧嘩の原因になることも多くて面倒だ」
神殿騎士は、街の治安を守る仕事もしている。見習いのルイドー君はそれについて行くことも多いようで、実際にそういった場面をよく見ているのだろう。街で起こる揉め事の多くは人間が起こしているそうで、あまり人間自体にいい印象を抱いていないのかもしれない。なんか申し訳ない。
「上が良くないってどういうこと?」
「あーそういうのも知らねえのか。シーリースがあった場所はな、元はヘキっつう国があったんだけど、その頃はすげえ良い国だったんだよ」
代々善政を行ってきたヘキ王朝は、伝統を重要視しながらも周辺国との流通を広げ、このエルフがいるマキルカとも良好な関係を保っていたそうだ。まだこの世界が平和だった頃の話である。
それがあるとき、王族が暗殺され宰相が国王として立った。そこから徐々に国が傾いていったという。
「シーリースっつーのはその宰相の名前だったんだけど、その一家が代々……ここ400年くらいずっと王朝が酷い圧政を敷いてんだよ。最初はマキルカのような平和な大陸統一国家を目指すとかいう名目で他国を征服し始めてさ」
「うわー、良くない雰囲気がすごいね」
「だろ。で、征服した土地を搾取しながら贅沢してたんだけど、そのうち災いが増えるとそれも難しくなって、民は貧困に喘いでるって話だ。それで王宮に矛先が向かないように、やれ他国の陰謀だとか、マキルカが救世主を奪ったとかあれこれ流してるっつーのが今の流れ」
「なるほどー」
シーリースに生まれた人も、周辺の国に生まれた人も災難だなあ。
なんだか人々から搾取したお金で贅沢する貴族のイメージってよくあるけれど、シーリースではまさにそんな感じなのかもしれない。
「しばらくは民も生き延びるだけで精一杯だったけど、シーリース人の間で最近はとうとう現王朝を倒そうとする動きもあるとかないとか」
「えっそうなんだ」
「現王朝は反乱を何度も返り討ちにしてきたけど、今回はどうだろうな」
革命ってやつだろうか。生きているうちにそういう出来事と遭遇するとは思わなかった。
「成功してほしいね。そうしたら今マキルカにいるシーリース人も帰れるかもしれないし」
「どうだかな。そりゃ成功すればいいだろうけど、反乱は国を荒れさせるから。またマキルカに逃げ込む奴が増えそう」
ルイドー君、意外に冷静である。
街の治安を守る立場としては、複雑な心境のようだ。
「まあ、そういう状況だからお前は絶対にシーリースに行こうとか考えるなよ。フィアルルー様に心配かけるな」
「行こうとは思ってないよ……ルルさんにそう言うようにって言われたの?」
「言われてねえ。ただ、シーリースを気にしてるかどうか探っとけとは言われた」
ルルさんは、まだ私がシーリースに同情して行くとか言い出さないか心配しているようだ。私をこの世界に引っ張ってきた原因がシーリースということもあるのだろうけれども。
「行かないよー。反乱とか怖いし、そんなギラギラした偉い人たちと上手いことやっていける気もしないし。どこで祈っても同じだったら、ここにいる」
「そうしとけ。万が一気が変わったとしても、フィアルルー様に相談しろ。最悪付いて行ってくださるだろうからな」
「心強いねえ」
ルイドー君に教えてもらったシーリースの歴史は、この世界ではよく知られた話なのかもしれない。そういう基本的なことを知らない状態だから、ルルさんは何か私が危ない判断をしないか不安なのだろう。もしくは、私が社蓄をしていた事実を知っているのでこの世界でもそうなるかと心配しているのだろうか。もうあれはやりたくないので安心してほしい。
「オレだってそのうち正式に神殿騎士になる。そしたらお前を守ってやらんでもないから、じっとしとけよ」
「わー頼もしいー」
「心がこもってねえな。これでも剣の腕は中々だって言われてるんだからな!」
「神殿騎士は剣だけでは不十分だ。しっかり心身を磨け」
「フィアルルー様!!」
ルイドー君の目が一瞬でキラキラに戻った。
私が振り返るのと同時に、ルルさんが私の肩に手を置いて覗き込んだ。いつの間にか帰って来ていたらしい。
「リオ、お待たせしました。問題はありませんでしたか?」
「全然。楽しかったよ。ルイドー君がルルさんの過去を赤裸々に語ってくれてたし」
「ルイドー」
「フィ、フィアルルー様の不都合なことはなにも!」
本当だろうか。パンツの色とか知っちゃったけど。青だけど。
ルイドー君の命のために、これは私の心の中にしまっておくべきかもしれない。
「リオ、ルイドーはそろそろ鍛錬の時間です」
「そっか。色々ありがとうねルイドー君。鍛錬大変かもしれないけど、また暇があったら遊んでね」
席を立ちながらルイドー君にお礼を言うと、フンとそっぽを向かれた。
「鍛錬なんて余裕だ。そのうちまた相手してやるからおま……リ、リオもしっかり救世主サマやってろよ」
「馴れ馴れしく呼ぶな、ルイドー」
「ルルさん?!」
ツンデレを見せたルイドー君の顎を、いきなりルルさんがガッと片手で掴んだ。ぶにっと潰れ顔になったので慌てて止める。ルイドー君はあわあわしながら逃げるように出て行く。
「私はどう呼ばれてもいいから! ね!」
「そうですか」
ルルさんはにっこりと笑ったあと、次は私の顎をガッと掴んだ。
解せぬ。




