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曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう4

 くれぐれも無礼なことはしないようにと言って出て行ったルルさんに代わり、ピスクさんが扉から部屋に入ってきた。

 そしてニャニもソファの下からぬるっと出てきた。

 短い手足で持ち上げた青い体をくねらせ、シャーッと牙を見せ付けている。


「怖っ!!!」

「おいお前なんとかしろ……ください!!」

「無理!」


 しゅばっと動いては止まり、またしゅばっと近付いてくるニャニに、ルイドー君は機敏な動きで飛び上がって逃げた。私も逃げている。落ち着いているのはピスクさんだけだ。


「ほ……ほーらニャニ、ルイドー君は悪い人間じゃないからね、そのシャーめっちゃ怖いからやめてね。ほらニムルだよー……大人しくしたらニムルあげるよ……」


 壁際で微動だにせず休めの体勢を取っているピスクさんを引っ張って盾にしながら、チラつかせたニムルを投げる。バクンと大きい口でキャッチしたニャニはまだルイドー君にシャーしたいようだ。依然口を開けている。


「ニャニー、ほら大人しくしてねー、ニムルいくらでもあげるから大人しくしてねー」


 もうひとつ投げながら声を掛けると、ニャニは視線をルイドー君から私の方へと固定した。縦長の瞳孔怖い。

 しばらく私をじっと見たあと、ゆっくりと牙が閉じられていく。そしてニャニは、ゆっくりと短い右手を上げた。歩くのかと思ったけれど、それにしてはやや位置が高い状態で静止する。


「止まった……」

「止まったね」

「あれはあのままでいいのか」

「わかんないけど……止まったからいいんじゃない?」


 ルイドー君とヒソヒソ喋っていたら、大きな盾もといピスクさんが喋った。


「リオ様、神獣ニャニは挨拶されているのでは」

「えっ」

「は?」

「本日の朝の」

「あぁ……」


 言われてみると、朝ゾウと挨拶していたときに真似していた動きと同じである。

 しかしなぜ今。

 よくわからないけれど、考えてもわからないことは確かなので私はとりあえず同じようにそっと手を上げてみた。

 ニャニはそのままじっと私を見つめ、それからゆっくり手を降ろした。


「うわッ!」


 ダバダバと手足を動かしてくるっと回るよう走ると、部屋のやや端に移動してお腹を床に付ける。閉じた顎まで床に乗せたので、大人しくすることにしたらしかった。

 相変わらず謎。


「……とりあえず、お座りになられては」

「あ、うんそうだね。ルイドー君ももう土下座とかいいから座って。ピスクさんも座る?」

「いえ、私はここで挙動を見張っておくようにと言われたので。何か不敬なことがあれば対処ののちフィアルルーへ報告します」


 折り目正しく礼をしたピスクさんは、また元の位置に戻って微動だにしなくなった。今日はムキムキ高性能監視カメラと化すらしい。

 あの筋肉腕で「対処」されると、ルイドー君はひとたまりもないのではないか。


「あのピスクさん、不敬なことってあのほら、基準が曖昧というかね、アレなんで、ダメだなーと思ったら私が申告するので、それまでは優しい目で見守ってくれるとありがたいというか、穏便な方向でお願いします」


 砕けた話をしようとしていたので、その度に反応されても困る。お願いすると、一拍置いてからピスクさんはわかりましたと頷いてくれた。見張りが優しいピスクさんでよかった。いざとなったらニャニを抱えてくれるだろうし。


「えーっとルイドー君、とりあえずお茶でも飲む?」

「ご用意いたします」


 テーブルに近寄ってそう言うと、ルイドー君は椅子を引いて私を見た。私のために引いたらしい。座ると、静かな動作でポットに茶葉とお湯を入れる。


 ルイドー君の動作は上品だった。音を立てずに茶器を扱い、木の器に盛られていたお菓子をいくつか小皿に取り分けてお茶とともに私の前に置く。お菓子は綺麗なものがきちんと並べて乗せられていたし、お茶もいい匂いが漂っている。

 自らの分も淹れたルイドー君は、静かに椅子を引いて座った。


「……えーっとルイドー君、お茶の淹れ方とかも神殿で習うの?」

「作法については一通り教え込まれます」

「そうなんだ……あのさ、堅っ苦しいから前の喋り方に戻ってくれないかな。怒ったりしないから。というか私は前のアレも全然怒ってないから」

「そうらしいな」


 私がそう言った途端、ルイドー君は足を組んでテーブルに肘をついた。


「救世主サマは歩み寄りを大事にされているから、へりくだって距離を取ろうとするのはやめろって言われたぞ。それでいて最上級の謝罪をしろって矛盾してるだろ」

「それは確かに。お疲れさまです」

「まあ……軽くとはいえ叩いたのは悪かった。お前の態度が緩かったから、つい仲間内みたいな感覚でやった。神殿騎士として恥ずべき行いだった。すまん」

「えっいいよほんとに」


 姿勢を正したルイドー君がテーブルに両手をついて深々と頭を下げるので慌てる。


「むしろ謝られる方が気まずいというか、私も悪かったとこあると思うし」

「それな。お前、もうちょっと威厳持った態度でいろよ」

「変わり身の速さすごい」


 ピシッとしていたルイドー君はまた一瞬でいなくなり、盛られたおやつを直接摘んだ少年になってしまった。でもやっぱりこっちの方が落ち着くな。


「なんか中央神殿で暮らすことになったんだってね」

「おー、今日も朝から死ぬほどしごかれてきた」

「大変だねえ」

「でもこれでまたフィアルルー様に近付ける」


 ルイドー君はげっそりしながらも瞳を輝かせていた。やっぱりルルさんは永遠の憧れらしい。


「ねえ、もっとルルさんについて教えてよ」

「だから馴れ馴れしく呼ぶなよ。しょうがねえなあ」


 私はヌーちゃんにマドレーヌっぽい焼き菓子をちぎってあげながら、ルイドー君によるルルさん武勇伝を聞くことにした。

 渋々な雰囲気を出しているけれど、ルイドー君の瞳はますます輝いた。

 退屈しなさそうである。






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