曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう1
お祭りの最終日。
「リオ、少しよろしいですか?」
朝カラオケもとい朝の祈りとフコ収穫も終え、軽食を食べる私にルルさんが改まって話しかけた。
「ルイドーのことですが」
「ルイドー君がどうかしたの?」
「本当にリオはあの無礼に対して不快に思うことはありませんでしたか?」
「全然ないよー」
というか、無礼とも思っていないし。
しっかり頭を振ると、ルルさんが少し迷った様子で話しを続けた。
「ルイドーに神殿騎士となる自覚が足りないのは、未だ他での暮らしを経験していないからではないかと……、それで、中央神殿で仕えさせる話が出ていると西の小神殿から連絡がありました」
「あっ、じゃあまたルイドー君と話せるんだね」
「リオが望むのであれば。鍛錬もありますから、時間は限られますが」
ルイドー君はあれから、色々な人にお説教をされ、奉仕活動をさせられ、雑用を増やされ、筋トレを増やされ……ハードスケジュールをこなしていたようだ。
「本人も反省しているようだと長老は判断したようですし、あれでいて腕は確かです。前々から見習いもそろそろ終わりかという話も出ていたので」
「うんうん、頑張ってほしいねえ。鍛錬って何するのか興味あるし、引っ越してきたら見に行きたいな」
「リオが、そう望むのであれば」
ルルさんがいかにも渋々という感じで頷いた。ルルさん的にはニャニがシャーッと怒るほど、頭をスパンと叩いたことがやっぱり引っかかっているらしい。
私としてはあのニャニの方が怖すぎて叩かれたこともおぼろげな記憶になっているけれども。
ちなみにニャニはあれからシャーッすることなく、いつも通りさり気なく、かつやや露骨に視界に現れている。たまに、1日に3回くらい近寄って来ようとするけれど、お菓子を投げると納得するのか大人しくなるのでいつでもお菓子を持ち歩くことになってしまった。
「中央神殿では馴染みの神殿騎士が少ない分、厳しく躾けられるでしょう。私も手加減無用と口添えしておきました」
「頑張って耐えてほしいねえ……」
ルルさんの目が厳しい。これが騎士か。私はルイドー君の行く末に若干同情した。
しかしこれでルイドー君とも仲良くなれるチャンスができたわけで私としては嬉しい。用もなく会いに行くとすごいウザがられそうだけど、そこはルルさんを連れていくことで許してもらいたい。ルルさん大好き話ももっと聞いてみたいし。
お祭りのパレードではフィデジアさんが近くにいることになって、ちょこちょこ会話をした。ピスクさん自慢の奥さんだけあってハキハキしていて、話題も豊富だ。そのピスクさんやジュシスカさんとはまだ今まで通りだけれど、たまにみんなで一緒に食事をすることになったので色々話せたらいいなと思う。
「救世主様!」
「おはようございまーす」
「おはようございます、救世主様」
「リオって呼んでくれると嬉しいですー」
「リオさま!」
「あっ、昨日近くにいた神殿騎士の人だ。今日もよろしくお願いします!」
ゆめかわカラーの馬、パステルに乗ってお祭りに出る準備をするときにも、出会った人たちの挨拶にちゃんと応えるようにした。前はわざわざ手を止めさせているのが申し訳ない感じがしていたけれど、せっかく手を止めてくれているんだし少しでも会話できた方がいい気がしてきた。
「救世主様、おはようございます」
「あっ、ゾウのお世話の。おはようございます。ゾウもおはようー」
巨大ゾウの試乗をしたときに案内してくれた人も準備をしていて、挨拶をしてくれた。ゾウにも手を上げて声を掛けると、大きくて長い鼻がブンと動いて私の手にタッチする。
濡れた鼻先ではなく、乾いた鼻筋がズシンと手のひらを押した。皮は分厚いのかゴツゴツしていて、よく見ると毛が生えている。
「おぉ……挨拶してるのがわかったのかな」
「ゾウは巨大な賢者と呼ばれる霊獣ですから、リオのことも覚えていたのでしょう」
「なんかその呼び方カッコイイ。そして賢いねえ」
高い位置から、大きくて少し垂れた目が優しくこっちを見下ろしている。
背中に乗るのは遠慮したいけれど、ちょっと仲良くなってみたい。この大きさであれば、鼻にぶら下がってゆらゆら揺らしてくれそうである。ファンタジー。
ヌーちゃんが(なかばご飯目当てに)私に懐きまくってくれているせいで、最近動物可愛がりたい欲が高まっている自覚があった。なんか生き物に懐かれると嬉しい。
「リオ」
「なにウワッ!」
ルルさんにそっと肩を叩かれて前を向くと、ニャニがすぐ近くにいた。体を持ち上げ鼻先をやや上にあげた状態で固まっていたニャニは、ゆーっくりと体を動かし、最終的に右手を上げた体勢で静止する。
「え何こわ」
「神獣ニャニもリオに挨拶したいのでは」
「えぇ…………おはよう……」
上げた手の爪が生々しい。じっとこちらを見たまま動かないので、しかたなく至近距離だけど手を上げて挨拶する。タッチされても困るので手は胸の前の高さにして、いつでも逃げられるようにルルさんの腕を掴みながら。
ニャニはルルさんのいう通り挨拶したかっただけらしく、私のおはようを受けてまたゆっくりと手を下ろした。そしてノロノロと方向転換し、ダバダバと手足を激しく動かして走っていく。たまに尻尾が行列を待って餌を食べている馬のバケツに当たったりしているけれど、ニャニの動きの激しさは誰にも止められないようだった。
「最近リオともよく交流できていますから、喜んでいるようですね」
「交流……してるかなぁ……」
「順調に仲良くなっているようで何よりです」
「仲良くはなってないんじゃないかなぁ……」
ルルさんの言葉をさり気なく否定しながらパステルに乗り、最後のパレードへの準備をする。
ちなみにニャニはいつのまにか戻っていて、ちゃっかりメルヘンの背中に乗ってついてきた。




