分厚い曲集めくって探した時代が懐かしい12
巫女さんたちの祈りも無事に終わり、私を含めた一行は中央神殿へと戻る。
帰り道も見送ってくれる人が多くて、私はニムルをいっぱい投げた。すでに腕が怠い。
「リオ、食べ過ぎで具合が悪いのですか?」
「え?!」
いきなり失礼な質問をしたルルさんに驚いて振り向くと、内容の失礼さ加減とは反比例したように真剣な顔のルルさんがこちらを覗き込んでいた。
「いや……別にそんなことはないけど……お腹いっぱいで苦しいのは確かだけど具合が悪いってほどじゃないけど」
お菓子は甘みが強いものも多く、そして揚げ物も多く、前に取った昼食のお陰で私のお腹は大体満ちていたのである。その上で、異世界の屋台モノが珍しくてついがっついてしまったという自覚はあった。
「なんで?」
「先程からあまり喋らず、動きも緩慢です。どこか調子が悪いのかと」
「あ、動きが緩慢だったのは普通に満腹のせいだと思うごめん。でも調子悪いわけじゃないから」
「では、何か悩み事が?」
私の手渡すニムルをあちこちに投げながら、ルルさんが気遣わしげに訊いてくる。
「うーん……」
「私では、リオの相談相手になれませんか?」
「そういうわけではないけど……」
悩んでいたといえば悩んでいた。
「あのさ、さっき私もあの場で祈った方がやっぱり盛り上がったよねって思ってね」
舞台の周囲に集まっていた人たちは、私たちがエンヤコラとフコを植えてから舞台へと再び上がると大きく盛り上がった。そして巫女さんズのかなり独特な歌と踊りの祈りを眺めながらどよめいたり歓声をあげたり一緒に楽譜のない歌声を上げていたりした。
それだけでも盛り上がっていたのは盛り上がっていたけれど、じゃあ終わったし帰るかという段階で、少なからず惜しむような声が聞こえてきていたのを私の耳はしっかり拾ってしまったのだった。救世主様お祈りしてー、という具体的な声も聞こえてきていた。
「リオは立派に務めを果たしています。望まぬことまで無理にこなさぬともよいと思います」
「そうなんだけども」
あそこで歌える度胸があったら、襲撃があっても救世主様ピンピンしてるぜ的な印象を強く持ってもらえただろうし、お祭りとしてももっと盛り上がっただろう。馬に乗ってる姿だけ見てもありがたみがイマイチだったかもしれないし。
とはいえ、じゃあ人前で歌うかっていうとやっぱりそれは拒否感が強い。私にとって歌は自分のためのものというのもあるし、小学校の頃音痴だとからかわれたことがトラウマになってるのもあるし、自分の技術が納得できない領域にあるというのもあるし、単純に恥ずかしいというのもある。
でも、もし踏み出せていたら、もう少し何か違うことにもなったかもしれない。噂を信じているシーリースの人たちにも、何か伝えられたかもしれない。
もんもんと悩みながら中央神殿までの道をパステルの背に揺られ、メルヘンに擦り寄られ、ニャニに口を開けられながら進み、お風呂に入って汗を流し、そのまま何事もなく部屋へと戻ってきた。
フィデジアさんの言っていた通り、警備にも隙がなかったようだ。大きな鳥に乗るフィデジアさんの姿は凛々しかった。
「少し休まれますか?」
「うんー、やっぱりお腹いっぱい過ぎるからちょっと腹ごなしに奥神殿行ってもいい?」
「ええ」
ルルさんもお風呂に入ったのか、いつもの格好へと戻っている。色々あって大変だったのはルルさんも同じなのに、疲れた顔ひとつ見せず付き合ってくれるのは流石だった。いつかしっかり有給を取ってほしい。
ピスクさんたちにも挨拶をしてから、奥神殿へと渡る。島でフコ狩りをしたときの影響で、中央神殿を出て奥神殿に入るまでの渡り廊下ではルルさんは特に周囲を警戒しているようだった。私の背中に手を当てて近くを歩かせ、いつでも剣を抜けるように構えている。今日の騒ぎで襲撃者たちが捕まったというのを聞いても、その警戒心は緩むことがないようだった。
「……どうして、先程のようなことを考えたのですか?」
「えっ?」
「リオは何より人前で祈ることを、歌うことを嫌がっていたでしょう。もしそれを押してでも歌うべきかと考えたのが、義務感を感じてであれば」
「いやそうじゃないよ! 多分!」
「多分」
「たぶん……」
自信なく繰り返すと、ルルさんがわずかに片眉を上げた。これは呆れているときの顔だな。
実感のない救世主様役に後ろめたさを感じているのも確かだけれど、それが大きな原因ではない気がする。
「なんかこう、うまく言えないけど……」
モヤモヤしたものが、なんかこう歌うことによってなんか変わるのではないかと思った。
抽象的過ぎる。
「やっぱうまく言えないわごめん」
「どうぞそのままのお心をお聞かせください」
「いやホントに何言ってんだって感じになるから、ちょっと歌って頭整理してくるね」
私の脳内整理力の低さを許してほしい。今日は色々あったせいもあって、ふだんよりも処理能力が落ちているのだたぶん。
ごめんと謝ると、ルルさんは頷いてくれた。そのまま会話することなく奥神殿へと入って、祈りの間の前で私の手を取る。
「リオ、これだけは覚えていてください。あなたは自らの望むことだけを行なっていて良いのです。望まぬことや困ったことがあれば、どうぞ私に言ってください。あなたを必ず守ってみせます」
「うん、ありがとうルルさん」
頷くとルルさんが手をほどいて見送ってくれた。
多分、ルルさんは心からあの言葉を言っていて、そして言った通りに私を守ってくれるだろう。しっかりと私を保護して、望めば何も不安なことがないようにしてくれそうだ。
けれど、その優しさに甘えていることはあまり良いことではないような気もする。よくわからないけれども。




