分厚い曲集めくって探した時代が懐かしい3
幸いにも生き物たちの謎の動きでアヤシイものが召喚されることはなく、ルルさんが一旦馬から下りてそれぞれを宥めたことで沈静化した。ただ、どういうわけかメルヘンの背中にニャニが乗って待機している。短い手足で馬の背を跨ぎ、長い尻尾は斜めにだらんと垂れていた。
再び乗馬するルルさんを待ちながら、じっとこちらを見る縦長の瞳孔を感じる。
「……ニャニも来るの?」
「そのようですね。メルヘンが自ら乗せていましたし」
「メルヘン肝座りすぎでしょ」
ムラサキの馬は、ぱちぱちと長いまつげを動かしながらブヒンとドヤ顔をした。鼻筋をペチペチ叩くと、ヒヒヒと鳴いている。
「そろそろ参りましょうか」
厩舎の近くから中央神殿の周囲に沿って、正面へと回る。すでに沢山の人が集まっているということは、見る前にその騒がしさから知ることができた。
「おお……」
やや高い位置にある中央神殿から、緩やかに坂になっている大通りの両側に人が詰めかけている。
日光を虹色に反射する美しい金髪に、長い手足を持つ人々がこちらを見上げて待ち構えていた。色とりどりの派手な衣装を身に纏っていて、こちらへと手を振ったり声を掛けたりしている。
神殿騎士が等間隔に並んで人混みを整理しているけれど、その騒がしさは絶え間なかった。
「リオ様、あまり身を乗り出しませんよう」
「ピスクさん」
前にレモン色の馬、後ろにニャニの乗ったメルヘン、さらに後ろにはゾウが連なる列で、私たちの横をピスクさんとジュシスカさんが歩いていた。私たちからはそれぞれ3メートルほど離れた位置を、槍を片手に持ってついてきている。人混みを警戒しているようだ。
私たちは馬なのに徒歩とは大変だなあと思っていると、大声で呼びかけられた。
「救世主さまー!!」
「うおっ」
数人が声を合わせたその叫びに反応すると、わっと手を振られたり、花びらを投げかけているのが見えた。
私、めっちゃ人気。救世主だもんな。
「救世主さま、お恵みをありがとうございます!」
「見ろ、神獣ニャニがいる!!」
「神獣ニャニを従えてる!」
……ニャニも人気だ。神獣だもんな。そっとルルさん越しに振り返るとニャニはゆっくりと口を開けた。見なかったことにした。
私が手を振り返すと、またわっと叫ぶ人が多くなる。その騒がしさに辟易したのか、ヌーちゃんは私の袖に潜り込んでいなくなってしまった。
「リオ、ニムルを投げてみては?」
両側から迫る騒がしさに負けないように、ルルさんが耳元で少し大きな声を出した。私はそれに頷いて、カゴに手を突っ込み、掴んだニムルの包みを人混みへと投げる。
「ニムルだ!」
「救世主様! こちらにもくださいませ!」
「救世主様ーっ! こちら側にも顔をお見せくださいー!!」
「待って待って、忙しい」
ニムルを握っては放り投げ、投げてはカゴを探り。両側に平等に投げるのは難しく、そして意外に飛距離が伸びないせいで見物客が前へと押し寄せて警備の人が大変そうだ。思っていたよりも大変。
あっちこっちとオロオロ投げていると、ルルさんがまた耳元で言葉を発する。
「どうぞ、ニムルを私に。遠くへ投げましょう」
「う、うん」
ルルさんの手綱を放した右手にニムルを置くと、もっとと言われる。3つ乗せたところでルルさんは大きく腕を振りかぶり、ニムルは気持ちいいほど飛んでいった。行列のかなり後ろの方へと飛んで、おおと人々が湧いてうごめいた。
もう一度開かれた手のひらにさらにニムルを乗せると、今度は反対側へと投げた。勢いよく飛んでいくニムルを得ようと、沢山の手が人混みから伸びている。
「ルルさんすごい! いっぱい飛ぶね!」
「どんどん投げないと、人々が付いてきてしまうので」
「そっか、私も頑張る。ルルさんもいっぱい投げて」
私たちの前を行く馬や、後ろのゾウの上からもニムルが投げられている。しかし、私たちが投げるものが一番人気があるようで、多くの人が待ち構えていた。私が触ったというのがなんだかご利益的なものを増やしているようで、私はせっせとニムルを投げてはルルさんに手渡ししている。空になったカゴは、近付いてきたピスクさんが山盛りに入ったものと交換してくれた。
すでに筋肉痛の気配を感じる私とは裏腹に、ルルさんはあっちこっちに投げまくってくれている。腕が疲れたのに気付いて、私に少し休むようにと言いながらもブンブンと投げていた。
後ろをやや振り返りながら、私は騒ぎに負けないように声を出す。
「ルルさん、投げるの上手だね! 上で見てる人にも届きそう!」
「やってみましょうか」
混み合った道で待っている人の他にも、道沿いに並んだ家や店の二階や三階からこちらに手を振る人もいた。上から投げられる花びらがここまで届いている。
ルルさんは私にニムルを渡すようにいうと、そのうちのひとつへ目標を定め、フッと小さく息を吐くのと同時にニムルを投げた。投げられたニムルのうちひとつが三階の人にキャッチされ、最後の1つが二階にいる女性が広げたエプロンの中に落ちた。
「すごい! 届いた!!」
「お望みの場所があれば投げますよ」
ルルさんは特になんでもないような顔をしているけれど、見ていた人もどやどや騒いでいたのでこの世界においても凄いことなのだと思う。私は俄然張り切ってルルさんにニムルを渡しまくり、あっちの人混みこっちの屋上とあれこれ指差しまくった。ルルさんは馬に乗っていて揺れる視界でも器用に私の希望を汲み取ってポイポイと投げていく。楽しい。
次は三階にいる親子に投げてもらおうとニムルを握った瞬間、ルルさんが後ろから私を引き寄せ、自らのマントで隠すように覆ってきた。
白いマントが光を少しだけ透かした狭い空間の中で、私はカゴを抱えて固まる。取り落としたニムルが、ひとつ下へと落ちていく。
「リオ、動かないでください」
ルルさんの声と同時に、人混みの中から悲鳴が聞こえた。




