分厚い曲集めくって探した時代が懐かしい1
大きく息を吸って、体を伸ばしながらゆっくりと息を吐く。肋骨の後ろ側を広げて、首を柔らかくして、股関節を伸ばす。姿勢に気を付けながら意識的に呼吸をする。
ネットで拾った知識だけれど、歌うために体を整えていくのは楽しい。
日本にいるときは素人なのにとか、上達したって知れてるのにとかそういう気持ちがあってたまにしかやっていなかったけれど、「歌」を歌えるのが私ひとりのこの世界ではプロも素人もクソもない。上達しようがヘタクソだろうが誰にも評価されることもない。そう思うとなんだか気楽になってあれこれやってみるようになった。
完全防音なので声量も上げ放題だし。神様さまさまだ。
最初の曲は大体子供向けの音域高めの歌で様子見をして、似たような音域の曲を続けて何曲か。あとは好きな曲を歌って、昨日歌おうと思ってメモしていた曲を歌って、それから何か歌えるものがないかタブレットを操作して探しながらだるだる歌う。今日は歌手縛りや曲調縛りをしていないので割とゆるゆるだった。
ソワソワしながらのカラオケは歌いたい曲も見つかりにくい。
最後にテンションが上がる長めの曲を2曲歌って、私はのびのび成長したフコ入りのカゴを引きずって扉を開けた。軽い扉をパーンと開けると、ルルさんがこちらを向いて微笑んでいる。
「ただいまー!」
「おかえりなさい、リオ」
「時間大丈夫かな? 早過ぎた?」
「丁度良い頃です。軽く何か召し上がってから準備をしましょう」
今日は待ちに待ったお祭り当日である。
ピスクさんとジュシスカさん情報によると、お祭りは色々なお店が出るらしい。あちこちの食べ物はもちろん、大道芸もあるし、輪投げや的当てのようなものもあるらしい。警備の都合上私はあんまり見て回れないのだけれど、広場まで馬で練り歩くときに垣間見れるだろうとのこと。楽しみ。
朝ごはんのときにルルさんがもう既に街が人でいっぱいらしいと言っていたので、大勢の人を見るのもワクワクするし、なんか餅まき的な、飴っぽいものを投げたりするらしいのでそれも楽しみである。
薄いパンで作った手巻き寿司っぽい見た目の軽食を食べ終えて移動すると、既にそこには巫女3人組が待ち構えていた。
「リオさま!」
「さあお着替えしましょうね」
「髪もお化粧もしますから、どうぞ急いで」
シュイさんと、ミムさんと、リーリールイさんである。
三姉妹である。
全く同じ顔の三つ子である。
恥ずかしながら、まだ見分けは上手に付けられていない。ので、胸に飾っている違う色の造花で識別させてもらっている。シュイさんは赤、ミムさんは青、リーリールイさんは白の花だ。ビーズのようなものも刺繍されている可愛い花は、初対面だと間違われることが多すぎるのでお揃いで作ったらしい。
たまに花を付け替えて入れ替わりごっこをしているというお茶目な3人なので、いつか見分けられるようになって見破るのが目標だ。
「3人ともごはん食べた? フコいる?」
「まああ! 私たち、とても贅沢者ですね」
「実は期待して食べていませんのよ」
「食べながら着替えましょう?」
割と好みの分かれる味をしたフコが大好物という三姉妹なので、会って2日目にカラオケ部屋産のフコをあげたらとても喜ばれた。手際よく切り分けてパクパク食べているのを見るとものすごく美味しいマンゴーか何かのように見えてくるのだけれど、ひと口貰うとフコはやっぱりプロテインチョコ味的なアレだった。でも美味しそうに食べるのを見るのは楽しい。
「飾りを増やしてみましたの」
「少し地味かしらと思って」
「この方がずっといいですね」
「えぇー……なんか更に派手じゃない? 私だけすんごい浮くんじゃないこれ?」
3人が採寸から頑張ってくれた衣装は、一言でいうとド派手である。
ものすごくハッキリした青いワンピースに、キラキラした糸やビーズの刺繍が施されている。刺繍が好きな3人なので、日に日にキラキラが増えていっているのだった。ワンピースの上から胴に巻く布のコルセットのようなものは薄い桃色だけれど、そこにも地味に刺繍が施されていた。同色の糸で目立たないけれど刺繍の密度がヤバい。
「リオさまは髪のお色が暗いでしょう? 薄い色の花飾りがよく似合いますわね」
「眉と目がハッキリしていて色を乗せやすいですね」
「重々言ってるけども、控えめにね! 凹凸ない顔は化粧濃いと怖いからね!」
20代中盤くらいの三姉妹がキャッキャしているのはとても微笑ましいのだけれど、どうにもオモチャにされてる感が否めないのはどうしてなのか。ここのところ縁遠かった女子っぽさに揉まれるのは楽しいけれど、仕上がりが不安である。
「さあ、出来上がりました」
「思っていたよりずっと素敵」
「外の人々もみなリオさまの美しさにひれ伏すことでしょうね」
「いやそういう趣旨のアレじゃなくない?」
わいわいと持ち上げられて不安を覚えながら鏡を覗き込む。
確実に変というわけではないけれど、派手な気がする。
もうちょっと薄くてもいい気がする。色々と。
だれか他の意見を聞かねばならぬ。
不安極まりない状態で扉の方へと歩くと、すぐ外で待っていたらしいルルさんが外から開けてくれた。私を見て、それから笑顔になった。
「とてもお似合いですよ、リオ。神の遣わしたそのお姿は全ての民の心を惹きつけるでしょう」
「……誰か他のひとー!!」
人通りの少ない階である。私の声で出てきたのは、ニャニとその頭に乗ったヌーちゃんだけだった。




