グループで歌ってる曲はパートごとに声を変えてしまう10
じっと見ている。
馬ではなく、突然物陰からヌッと姿を現したニャニがじっと見ている。
じっと見ながら、じわじわ近付いてきている。
「神獣ニャニ、リオが怖がっていますから……」
ルルさんに話しかけられたニャニはそこでビタッと動きを止め、それからゆっくりゆっくり口を開け出した。何なの。牙アピールなの。
青いワニなビジュアルのニャニだけれど、この場でその怖さを理解しているのは私だけらしく、パステルピンクの馬もムラサキの馬ものんびりしていた。
「神獣ニャニも馬のように撫でられたかったのかもしれませんね」
「無茶言うよね……」
ギロッと縦長の瞳孔に、ゴツゴツした体をよしよしできるほど私は肝が太くない。口を開けたまま動きを止めたニャニは、どう見ても次の瞬間に私に噛みつこうとしているようにしか見えないし。
「えっと……また今度、いつか撫でるね……いつかね」
戦闘力の高そうな見た目からは視線を逸らしつつ言うと、ニャニはゆーっくりと動き出した。尖った歯の並ぶ口を大人しく閉じ、それから方向転換をして厩舎の奥ではなく、入口の方に頭を向けた。
そこで一瞬止まったかと思うと、ドタドタと結構な速さで走っていく。体を地面から持ち上げた手足が動くたびに、長い尻尾が左右に揺れていた。
「うわっ」
「喜んでいるようです。リオがニャニと仲良くなる気があるようで安心しました」
「えぇ……あの、いつかはまだ未定だから。あの姿が怖くなくなってからね」
ニャニの姿が見えなくなってふうと息をつくと、ルルさんが私を促した。
「すみません、洗いに行きましょうか」
ヒヒヒンと名残惜しそうに鳴くムラサキの馬に見送られながら、私とルルさんは一旦厩舎から出てそとの水道へと向かった。水道というか、小さい噴水のように流れっぱなしになっている水場である。
その水にルルさんがタオルを付けて拭い、それから私の腕を拭く。
「馬は臭いがきついので、落ちにくいかもしれません」
「別にイヤなニオイじゃないしいいよ」
「臭いが強いと思いますが、お嫌ではありませんか?」
ルルさんはちょっと意外なような、安心したような顔で微笑んだ。
イチゴの香料のような馬の匂いは、強いと苦いような匂いに感じる。ルルさんからするとそんな苦味の強い匂いの方が感じられるようで、お菓子とこの匂いが結び付かなかったようだ。この世界にイチゴの人工香料がないせいかもしれない。
馬はこの独特の臭いが強いため、この世界では特に女性では嫌がる人も多いらしい。ルルさんはちょっと心配もしていたようだ。
「あんなに可愛いしメルヘンなのに。ゾウに乗るよりも、あの馬の方がいいな。そんなに高さないし」
「あの種は非常に忍耐強く賢い上に、長く歩くことができるので旅には重宝するのですが……1番臭いの強い馬でもありますから。ゾウは霊獣なので、臭いもほとんどありませんし」
「臭いよりも高さの方が問題だよね私的にはね」
濡れタオルでモヒモヒされた部分を何度か拭いたけれど、ルルさんの言う通りほんのりと臭いが残ったままだった。イチゴの香料が入ったクリームでも塗って2時間くらい経ったような感じのマイルドな臭い方なので特に気にはならない。
「あまり上等な乗り物ではありませんが、リオが良いというのであれば、祭の際にはあれに乗って移動しましょうか」
「うん、そっちのほうがいいな」
「相談しておきます。……リオが馬を気に入ってくださってよかった。赤も紫も人懐こいですから、今後も良い気分転換になるでしょう」
ルルさんが微笑んで、ゆすいだタオルを絞った。捻られたタオルがカチカチになっている。握力強そう。
「あの馬たち何ていうの?」
「特に名前は付けていませんから、よろしければリオがお付けになってください」
「えっいいの?」
「どうぞ」
2年前にあのムラサキの馬が生まれるまではルルさんの馬は1匹だけだったので、特に名前を付けることもなく過ごしていたそうだ。ムラサキの馬が産まれてからも、色で呼び分けていただけで名前は別に考えていなかったらしい。ルルさん、意外と適当なとこあるな。
「じゃあムラサキの馬はメルヘンね。ピンクはパステル」
「メルヘンに、パステル。これはどういう意味ですか?」
「えーっとメルヘンはなんかこう……あの馬たちみたいな可愛い感じの雰囲気のことで……パステルはああいう淡い色のことかな」
「馬に合った名前を付けてくださったのですね。あれらも喜ぶでしょう」
ありがとうございますと言われたけど、普通に思いついたカタカナを付けただけである。
ただ、あとでもう一度メルヘンとパステルに会いに行った時に、ルルさんが「これからお前たちはメルヘンとパステルだぞ。メルヘン、こらはしゃぐな」と笑いながら馬と戯れていた光景そのものがもはやメルヘンで、けっこういいネーミングだったのではないかと思ったのだった。
馬と笑い合う金髪イケメン、超メルヘン。
ニャニもまた物陰から覗いていたほどである。




