声出しは得意な音域で4
私とルルさんは暗闇の中を15分くらい歩き、それからルルさんの国へと辿り着いた。暗闇の中からいきなり明るい室内に移動したので、軽く目潰し状態になる。目を擦ってしばらくすると、広い空間に多くの人がいるのに気付く。
空間はちょっとした宴会場くらいの規模で、私とルルさんが立っているのは半円状の舞台のようなところだった。一段低いところに、100人くらいの人がいる。ルルさんと似た金髪碧眼ばかりだ。
「うわー……」
もしかして黒髪って私だけか、と思ったら、空間の端の方に黒髪の人がいた。その隣に立っている人は、髪の毛が緑色である。よかった。
見回していると、こっちを見ていた大勢の人がいきなり跪いた。
時代劇、お奉行様視点だと多分こんな感じである。
「えっ」
いきなりの対応に戸惑っていると、ルルさんまでもが片膝を付いて深く頭を下げた。繋いだままの手を少し引っ張って、私の手の甲をルルさんの額へと当てている。
何事。
「ようこそおいでくださいました。リオ、どうぞ我らの世界をお救いください」
「……マジかー……」
どうやら私は、ネット小説であるところの聖女の役割らしい。
イケメンもいるしな。
気まずいので全員に立ち上がってもらい、ルルさんの取り計らいでとりあえず私は休むために小部屋へ案内された。小部屋っていっても10畳くらいあったけど、ルルさんと長老っぽい感じの白くて長い髭のおじいちゃん、そして私の3人だけになったので緊張はかなりほぐれる。ミルクティーみたいな飲み物を貰って、私は事情を聞くことになった。
ちなみに説明し始めたのもルルさんで、髭おじいちゃんは何もしていない。よぼよぼとミルクティーを啜っているだけである。
「この世界は今、滅びの最中にありまして」
「えっ」
「大地は乾き、草木は枯れ、災いが渦巻いております」
「やべーですね」
「救いを求めて、人間たちが禁じられた召喚術を行おうとしていたのが半月前です」
「まって?」
この世界に来てから外に出ていないので、そんなアルマゲドン的な世界観だとは知らなかった。さっきいた人たちも小綺麗な服を着ていたし、死にそうな感じには見えなかったのもある。
いやしかし、色々と聞き捨てられないことがいっぱいあった気がする。
「禁じられた召喚術って……」
「異界から人を攫うことは非人道的だとして、すべての国が同意して破棄した禁術です」
「実にまともな判断だ……いや違う、人間たちって、えっ、ルルさん人間じゃないんですか」
「ご覧の通り、私どもはエルフです」
「いやごめんわかんない」
エルフおるんかい。ナチュラルに人間だと思ってたけどそんな前提覆さないでほしい。
私の世界にエルフはいないと言うと、ルルさんはルルさんでいるものだと思っていたと謝った。異世界だから仕方ないけど、とんだすれ違いである。
「この世界では、金髪碧眼といえばエルフの象徴なのです。他に見た目で人間と違うところといえば耳の形でしょうか」
そう言ったルルさんは耳に髪を掛けてすこし近付いてくれた。
耳の上の方が、少しだけ尖ってる。物語で見るようなシャキーンと目立つ尖り方ではないけれど、明らかに私の耳とは違っていた。触ってもいいと言われたので触ったけれど、軟骨が突起のようになっているようだ。
「リオは人間ですね?」
「人間ですね」
「耳が丸い。この世界の人間は様々な髪色をしていますが、リオのような黒髪の人もいます」
ルルさんが耳を触ったので若干恥ずかしかったのは秘密である。
ちなみに、髭おじいちゃんも耳が尖っていたのでエルフのようだ。金髪も歳をとると白髪になるらしい。
「えーっと、それで、人間がやっちゃいけないことをしようとしてたと」
「禁術はすべて文献が処分され、正しい術式の記録は我々の長老らが口伝で残すのみとなっています。不完全な術は召喚者、被召喚者ともに危険。我々が阻止しようとしましたが、既に術は発動していました」
術というのは、チカラ? で紋を描いて発動させるらしい。どうにかして術を人間の国からこの国へと持ってきたルルさんたちは、せめて危険が少ないようにと術を口伝の通りに紋を整え、喚ばれてしまった相手を無事に渡らせ、保護しようとしたのだそうだ。
つまり、私が暗闇に落っこちたのはその不完全な紋のせいらしい。
「あぶなっ!!」
「意に背いてリオをこのような異界へと喚び出してしまい、同じ世に棲む者としてお詫びのしようもありません」
「いや……ルルさんたちのせいではないし……」
ルルさんは同じ世界の人としての責任を感じているようだけれど、私は同じ人間としてむしろちょっと申し訳なかった。どこの世界でもやっちゃいけないことをしてしまう人間はいるらしい。
「あと私、別にすごい力とかないし、ここに来てそういうのに目覚めた感じもないんですけど……」
「それについては、リオが心配することはありません」
かなり低姿勢で迎え入れられた手前言いにくかったけれど、ルルさんは気軽に手を振って笑った。
私が強大な力を持っているということは、エルフの人であれば一目でわかるそうだ。
「えっ、自分でも全然わかんないのに?」
「我々は“力”を見ることができますから」
「何それすごい」
ルルさんはやっぱり私には見えない何かが見えるらしい。
「じゃあ、私は何かをしてこの世界をこう……いい感じにすればいいんですか」
「リオは巻き込まれた者です。何もしなくてもこのままお守りいたしますが、もしそうしてくださるのであれば、我が一族、感謝が尽きません」
「いえ、私も助けてもらったわけですし……いや待って、人身御供とか生贄とかじゃないですよね? 命を削るとか怪我するとかだったらイヤなんですけど?!」
「そのようなことは決してありません。奥神殿にて祈りを捧げて頂くのみです」
「なんだ、じゃあやりますよ。別に信仰とかないけど」
大地を血で潤せとか言われたら私は意地でも闇に戻るつもりだったけれど、そういうことは全くないらしい。
頷くと、私の隣でイスに座っていたルルさんが、立ち上がったかと思ったらまた跪いた。
「リオ、ありがとうございます。我が一族だけでなく、すべての民が救われることでしょう」
見上げながらそう言って、また私の手を取って額に当てている。この仕草、なんかお礼とかそういう意味なのかもしれない。
「あの……できたらここで暮らしていける……ちょっと裕福に暮らしていけるだけの給料がほしいんですけど……できたら先払いで」
「もちろん、リオが望む暮らしを最大限叶えてみせましょう」
ルルさんは頼もしい笑みでしっかりと頷いてくれた。
よし、とりあえず当面の衣食住は保証されたぞ。私は心の中でほくそ笑んだ。