グループで歌ってる曲はパートごとに声を変えてしまう6
それからジュシスカさんとあれこれ話しながら待って、さらに1時間ほど経ってからルルさんが戻ってきた。私の様子を確認し、ジュシスカさんにも尋ねてから、みんなで一旦食事などを取るための部屋へと移動する。ピスクさんは変わらず廊下前での警備担当となって、中には私とルルさんとジュシスカさん、あとのそのそとついてきたニャニが部屋の端で置物のようになっているだけだ。
ルルさんは私を椅子に座らせると、テーブルに置いてあった軽食を勧めた。温かいお茶は鮮やかな青色である。飲んでみると色合いと裏腹に薄味で美味しい。準備を整えるとルルさんも私の向かいに座った。ジュシスカさんは近くにいるものの、相変わらず立っている。
「お待たせして大変申し訳ありません」
「そんなに急がなくても大丈夫だったよ。ね、ジュシスカさん」
「はい……」
ジュシスカさんの持っていた細縄を使ってマルバツゲームをしていたので、待つのはそんなに苦痛ではなかった。ヌーちゃんはそのうち飽きたのか私の袖の中に頭を突っ込んでどこかへといなくなり、ニャニはそのままカウチの下で鼻先だけを出してじっとしていただけだ。
特に警戒するようなこともなくのんびりと過ごしていたので、急いで戻ってこなくても本当に問題がなかった。
ルルさんはさっきフコの実運びに使ったのでマントがないままなのは同じだけれど、服は違うものに変わっている。髪がしっとりしているので、お風呂に入ったようだ。訊ねると、あの大きな鳥の血が掛かったので身を清めていたらしい。
「奥神殿で穢れを受けてしまったので……咄嗟のこととはいえ、大変申し訳ないことをしました」
「え、いや、守ってもらったんだし謝られるようなことは何もないと思うけども。ねえジュシスカさん」
「土地が穢れたことについては……軽率だったとは思いますね」
同意を求めて見上げたジュシスカさんはフツーに空気を読んでくれなかった。ルルさんも深刻な顔でそれに頷いているし。
「血のケガレってなんかダメなの?」
「敵意をもって流された血というのは、その周囲の力を曇らせることもあります。奥神殿は聖なる土地ですから、神の力が曇るようなことは極力避けるべきでした」
「力が曇ったの? それって水で流すと戻るもの?」
「見た目の汚れは取れるでしょうが、そのままにしておけば元の状態に戻るまでに時間がかかるでしょう」
強い力や祈りによって清めると早く戻るらしいので、私があそこで歌えばいいんではないかと思ったのだけれど、警備の観点からすぐには実行できなさそうだ。しばらく奥神殿の外に出ることは禁止で、手すりと屋根だけがついた渡り廊下もできるだけ時間をかけずに進むようにするとルルさんは言う。
「シーリースの人々があのように神獣を使って空からやってくることは想定していませんでした。既に策を講じていますが、リオを危険な目に遭わせたこと、本当に申し訳ありません」
「いやいや、ルルさんのせいじゃないし守ってくれたんだからそんなに謝らないで。私はぶっちゃけ何が起こってるのかよくわからないまま終わった感じだったし」
なんかまあ、鳥に乗ってるとかなんか異世界感すごいな、とか、シーリース人っぽい人はやっぱり勘違いしてるせいか感じ悪いよねとか、やたらと物騒なこと言うなあとかルルさんやっぱり騎士なんだなとかそんなことを思っているうちに過ぎ去った感じがしたので、むしろ私は部外者っぽい感じだった。その辺で揺れる草と同じような感じだった気がする。
「あの2名については大鷲に追わせましたが、逃げられたようです。おそらく、そのまま国へと渡ったのでしょう」
「飛んでたもんね。あれだと橋を渡らずに行き来できるよね」
「乗り手はもちろん、乗っていた神獣にも負担のかかることです。どうやって訓練したのか……」
あの大きな鳥は、ソビという神獣らしい。人間の国で多く見かける神獣だけれど、鳥の神獣は大体気紛れなものが多いので、人を乗せるようなものは今までに見たことがなかったらしい。空からの攻撃を予測していなかったこともあって、奥神殿まで侵入を許してしまったようだ。
「ルルさん、神獣の血が掛かっちゃったってことだよね? 大丈夫なの? 具合悪くなったりとか祟られるとかしない?」
「ほとんど支障はありません。剣が強かったので、私は影響を受けずに済んだのでしょう。宝剣ですから」
「宝剣って、ルルさんが昔誰かにあげたとかなんとか……別のやつ?」
ジュシスカさんに聞いた話を思い出していると、ルルさんは眉尻を下げて微笑んだ。
「お聞きになったのですか」
「うん、聞いちゃった」
「構いませんよ。これがその宝剣です。あげた相手がいなくなってしまったあと、人の手を経て抜き身のまま私の元へと戻ってきました。守るようにと祈りを込めたのですが」
ルルさんは、少し悲しそうな目をして左の腰にある剣を撫でた。あげた相手は、もしかしたらもう死んでいるのかもしれない。ルルさんの大事な人だったようだ。
「神の恩恵を受けた剣ですから、神獣と力は同じです。穢れが少なく済んだのもそのおかげでしょう」
「そっか、まあ結果的にその剣があってよかったよね。対策もしたならまた遭遇することもないだろうし、とりあえずは色々大丈夫なのかな」
薄く切られたパンに干しぶどうっぽいものとクリームを乗せると、ムクムクと私の右手の袖が膨らんでヌーちゃんが出てきた。ひくひくと小さい鼻を動かして、大きく口を開けてパンにかぶりつこうとしてくる。バクは雑食なので食べても問題はなさそうだけれど、とりあえず干しぶどうだけを小さくしてあげてみた。味が好みらしく、干しぶどうを載せていた手のひらまでもペロペロ舐めていてかわいい。
パンも小さく千切ってあげていると、ルルさんが「リオ」と真面目な声で呼んだ。
顔を上げると、ルルさんが深刻そうな顔をしている。ジュシスカさんのは相変わらず、いつも通りのやや影のある顔のままだったけども。
「え、なに? 色々大丈夫……じゃないとか?」
「申し訳ありません」
ルルさんが頭を下げてから、また私を見る。それから非常に言いにくそうに告げた。
「これから、リオのお手を煩わせることが増えるかもしれません」
ヌーちゃんが後ろ足で立って、私の手元のクリームを舐める。
「えっと……それはどういうことで?」




