グループで歌ってる曲はパートごとに声を変えてしまう3
奥神殿の外は、草が風に揺れて波のようだった。
「……ルルさん、ここ草すんごい伸びてない?」
「伸びていますね」
渡り廊下で見下ろしてても「なんかもっさりしたな〜」と思ったけど、この中に入ると私頭しか出ない気がする。伸びた木々の間から、フコの木らしい枝がちょろっと出ているのが見えるくらいだ。
「通りやすくしますので少々お待ちください」
ルルさんが私にいうと、おもむろに剣を抜き、それから草刈りを始めた。左手で握ったひと束をザクザクと切り、何度か繰り返すと切った茎で一纏めにする。草の束が出来上がるたびに道ができた。後ろから見ていると、ルルさん完全に農作業中である。
「あの……なんか私も手伝おうか?」
「いえ、草で手を切ると危ないですから。足元もお気をつけ下さい。茎の切り口は気を付けていますが、尖っていると危険なので上から足を落とすように歩いてくださいね」
「あ、はい」
ルルさんは草が腕に触れない程度の幅を確保しながら草刈りを続けつつ、草を刈った地面を安全になるように踏み均している。時折私を振り返りながら怪我をしていないか確認したり、草の束を持ち上げようとした私をやんわり注意したりと忙しい。私は黙って立っていた方がいいようだ。
ルルさんがザクザク刈っている草の間から、ときどきヌーちゃんがボッと飛び出てはまた茂みの中に走っていく。神出鬼没の神獣だけれど、お外を走るのも好きらしかった。右の茂みから出て左の茂みへ入るのを繰り返しているのは、この島をぐるぐる回っているからなのだろうか、それとも謎のワープを使っているからだろうか。
やがてハヒハヒとちっちゃい舌を出して止まったヌーちゃんを抱き上げると、濃い草の匂いがした。風がやや青みの強い草を揺らして吹き抜けていく。今日の空は晴れ渡っていて雲ひとつない。
随分広がった草の道を進んでいくと、まだ背の高い草の間にキラキラしたものが見えた。片手で草を掻き分けると、細かく波立った水面に日光が反射して輝いている。底の白っぽい砂さえはっきり見えるほど澄んだ青の水は、液状のサファイアのようだ。
覗き込むと水底から水が湧いているのか、ところどころ砂が花のように弱く吹き上がっている部分がある。
「おぉ……」
「リオ、危険ですから水の側へは行かないでください」
振り向くと、ルルさんがすぐ後ろにいた。私の肩によじ登ろうとしていたヌーちゃんがキッと鳴く。
「危ないの? ここの水って毒?」
「そうではありませんが、落ちると危険です。どうぞ離れてください」
ルルさんが剣を左手に持ち替え、右手で私の二の腕をやんわり掴んでいた。心配性だからって、屈指のプニプニスポットを掴むだなんて。仕方なく私は覗き込んでいた体勢から一歩下がる。
「でも、そんなに深くなさそうだよね」
「私で背が届くかどうかですから、リオ溺れてしまいますよ」
「いや、私も一応泳げるよ?」
ヘッピリ腰を見せた後では信じられにくいかもしれないけれど申告すると、ルルさんは少し驚いたように瞬いた。
「そうなのですか?」
「うん。小さい時から習ってたし、着衣水泳もやったことあるよ」
「それはすごいことですね」
「えっ、もしかしてルルさん泳げないの?」
「はい」
本気で感心しているように見えたので訊いたのに、ルルさんが真面目な顔をして頷いたので逆に驚く。
「そうなの?! 運動得意そうなのに!」
「エルフに泳げる者はほとんどいません。水の中は力が乱反射しやすく、感覚が狂いやすいので」
「なんだか危なそうだねえ」
ルルさんによると、底を足で歩ける程度の深さであれば何とか移動できるけれど、深いと平衡感覚やら方向感覚やらがわからなくなって溺れやすいのだそうだ。視界も期待できないため底の方へ泳ぎ続けてしまうこともあるらしい。
そりゃ私を心配するわけである。
「じゃあ水に落ちたら私がルルさんを助けるね!」
「あまり想定したくない事態ですから、どうぞ水場では気を抜かれませんように」
困ったように微笑んだルルさんは、念を押してからまた草刈りに戻った。見えやすくなってきたフコの木を眺めながら思う。
ルルさんでもできないことがあるんだ。
いつも落ち着いていて、色々知っていて、なんでもできるイメージがあったけれど。ちゃんと人間らしい部分もあるんだな。ルルさんは人間じゃないけども。
なんだかちょっと、ルルさんを身近に感じられた気がする。
フフフと笑うと、ルルさんが不思議そうに振り向いた。なんでもないと首を振って、邪魔しないようににやけた顔を水辺の方へと向ける。
そして不意に水面に浮かんでいた金色の目に、地上で溺れそうなほどビックリした私が転びそうになり、結局私はルルさんの手を煩わせることになってしまったのだった。
ニャニに水辺はアカン。マジで。
完全にワニだから。




