グループで歌ってる曲はパートごとに声を変えてしまう2
「怖い……怖いよルルさん」
「リオ、大丈夫ですよ。私がリオを守ってみせます」
「そうじゃないんだよォ……」
後ろ向きに螺旋階段を降りながらこっちに向かって手を広げているルルさんが落ちそうで怖いんだよ!!!
渡り廊下を渡って奥神殿への入り口を開け、右側に伸びる螺旋階段を登っていくといつものカラオケルーム。反対に左側は、外へと降りる出口に繋がっているらしい。
ピスクさんの奥さんとお腹の赤ちゃんのためにフコの実を取ると決めて、私は初めて左の道へと踏み込むことになった。
エルフの人々は平均身長が高い。成人男性は2メートル近い人も珍しくないらしいし、女性でも170センチはゆうにある。
その体格に合わせて建物が作られているのも道理だ。ベッドは広く高く、そして段差はいちいち大きい。
私にとってめちゃくちゃ使いにくいというわけではない。ベッドから降りるときはたまに転びそうになるけれど、階段はちょっと日本と比べると段差が大きいかなー、くらいである。段差の多い街で昔作られた階段的な、登るとちょっと大変くらいな感じである。
ただこの奥神殿はエンピツを立てたような筒状に造られていて、階段が壁に沿うように螺旋を描いているのだ。
さらに、階段の幅が狭い。人ひとり通れるくらいの幅しかない。おそらくあまり通ることがないからだろうけれど、狭い。
さらにさらに、外壁と接していない側、下りている私から見て右手側はなんと空洞なのである。空洞というか、吹き抜け。覗くと1階の床が見える。手すりとか柵とか一切ない。設計者を呼べ。
円柱の内側に長方形の板を螺旋状に刺して作りました〜みたいな、シンプルすぎる作りなのだ。しかも階段も白っぽいので微妙に見にくい。そして段差が大きい。
私がヘッピリ腰で壁に貼り付きながら一段ずつ下りている理由がおわかり頂けたであろうか。
「ルルさんはなんでこんな場所で後ろ向きに歩いてるの? スリル求めちゃうお年頃なの?」
「先に行かねばリオを受け止められませんし、背中を見せていては何かあったときに気付けませんから」
「この状況何かありそうなの第1位は後ろ歩きとかしてるルルさんだからね! 前を向いて前! ねっ」
ルルさんは足元を見るでも手を壁に添えるでもなく、それでいてフラつくことも止まることもなく階段を下りては私のことを気遣っている。いや見てるだけでこっちがフラつくわ! ただでさえ運動不足の脚が悲鳴を上げているというのに!
「なんなの……この世界の騎士ってみんな階段後ろ向きに下る特殊な訓練でもしてるの」
「この程度であれば特に難しくはないので……リオ、もう少し前に踏み出した方が」
なんで正しい方向で下りている私の方が落下の恐怖にガクブルしていて、思いっきりふざけた降り方をしているルルさんの方が安定感あるのかと問いたい。壁に手も付かずにいられるその自信はどこから来たの。
「壁に凭れ掛かり過ぎているリオの方が危なっかしく見えますよ。やはり抱き上げて下りましょうか」
「余計怖いから。足滑らせたら2人で成仏しちゃうから」
ルルさんの両手を持ってあんよは上手状態も怖い。ルルさんは私がビクビク下りるのを眺めている方が怖い。
お互いの妥協の結果、ルルさんは前を向いて下り、私はその両肩にしっかり手を乗せておくことになった。これによりルルさんは私がちゃんと付いてきてることを確認でき、そして私も安心してルルさんの後ろを付いていくことができる。完璧な布陣だ。
一段ずつ下りる私に合わせて、ルルさんも下りる。一段下りるたびに後頭部の金髪がわずかに揺れ、少しとんがった耳が覗いたり隠れたりしていた。
私の手は少し厚いマントや服越しに、ルルさんのしっかりした肩を感じていた。ルルさんの右手は私の右手にそっと重ねられていて、左手は剣が階段に当たらないように腰に添えられている。
私が足を踏み出して一歩降りると、ルルさんも同じタイミングで降りた。ちょっと間を空けても、すぐに続けて降りてもぴったり同じ。
「ルルさん、なんで降りるタイミング合ってるの? 手の微妙な筋肉の振動から私の動きとか予知してる?」
「いえ、そんなことは。ただ足音で判断しているだけですよ」
前を向いているルルさんがちょっと笑ったようだ。流石に手を取っただけで相手が見えるとかそういう達人ではないらしい。
この吹き抜けにやたらと響く足音はわたしにも聴こえているけれど、それで相手の動くタイミングとかはわからない。ということは、ルルさんは私以上によく聴こえているようだ。
「前も思ったけど、ルルさんって耳がいいよね」
「そうでしょうか」
「エルフはみんなそうなのかな? 鼻もいいの?」
「特別五感に優れているという自覚はありませんね」
「……私が歌ってる声、聴こえてないよね?」
片足を上げたまま止まって訊くとルルさんが顔だけで振り向いた。いつもの眉尻を下げて笑う、柔らかい表情である。
「聴こえていませんよ」
「ほんとだよね?」
「本当です。聴かせてくださると嬉しいのですが」
「無理ですね」
一段下りると、ルルさんも下りる。
そうしてようやく、私とルルさんは長くて物騒な螺旋階段を下りきったのだった。
手を離して見上げると、ルルさんが微笑んで扉を開けた。
本当に私の歌聴こえてないよね。
なんかルルさん、にっこり笑いながら嘘つきそうな雰囲気あるんだよなあ……




