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グループで歌ってる曲はパートごとに声を変えてしまう1

 寝込んだら、体力がガクッと落ちた。

 まさかこの年で階段をのぼってゼーハー苦しむとは。恥。


 施療院のリルリスさんによると、人間はエルフよりも体力のない生き物らしい。そして、この世界の人間の平均よりも、どうやら私の体力は少ないようだ。

 そこにきてこの体力の落ちっぷり。歩くたびにルルさんをはじめ、ジュシスカさんやピスクさんの気遣いを受けていたたまれない今日この頃である。


「へー、ピスクさんって新婚なんだー! おめでとうございます!」


 私の代わりにバクを抱いていてくれるピスクさんが、強面の頬をぽっと染めた。

 体力回復のために、私の住んでいる4階から1階までを1日に何度か往復することにした結果、ルルさんの計らいで4階の階段前に私専用休憩椅子が設けられてしまった。そこで息を整える間、警備を担当してくれているピスクさんやジュシスカさんとちょっとした話をするのが最近の習慣になっている。


 なぜかちょいちょい私の周りをついてくるようになった神獣バクのヌーちゃんは抱っこが好きである。息切れしているときにも抱き上げているのはちょっと大変なので預かってもらっているのだけれど、ピスクさんの太い筋肉の腕をふんふん嗅ぎながら背中の羽根を揺らしていた。


 階段の方からは、ズル……ズル……とホラーさながらの音が響いている。別に怨霊が自分の生首を引きずっている音ではなく、ニャニが階段を上っている音だ。律儀に私のリハビリについてこようとするニャニは、現在2往復遅れで戻ってこようとしていた。

 小さい手足で健気にてとてと付いてくるバクはともかく、ギザギザの多い巨体は引き返す時に横を通るのがかなり怖いので、ニャニは付いてきてくれなくてもいいんだけども。


「えっ、新婚でこんな仕事就いてて大丈夫? 今が一番ラブラブな時期じゃないの? 奥さん家でブチギレてない?」

「妻も神殿騎士をしておりまして、共にあまり家に帰ることが少ないので」

「そうなの? こっちの新婚さんって休暇とかないの?」


 敬語で喋ると物凄い恐縮されるのでタメ語だけれど、ピスクさんは2メートルを超える巨体なので座って見上げると高低差が凄い。しかし照れて頬を染めている強面はなんだか可愛かった。

 ビシッと立っているが、抱き上げたヌーちゃんを大きな指がさわさわさわさわと撫でている。照れているようだ。


「ふ、2人で旅に出ることが慣例ではありますが、世の様相もあり取りやめておりました。救世主様……リオ様がいらしてから平穏になりましたので、折を見ていずれかへ出掛けようかと」

「新婚旅行、イイ!! 私のことは全然気にせず出掛けちゃっていいからね! お土産期待してるね!」

「いえ、まだしばらくは……警備の問題もありますし、その……妻がその……」

「えっおめでた?!」


 ピスクさんは顔を赤くしてコクリと頷いた。バクを撫でている指の速度はますます上がっている。ヌーちゃんはあーそこそこと言いたげに口を半開きにして目を閉じていた。


「うわーおめでとう!! ますますこんな仕事してる場合じゃないと思うけどおめでとう!」

「リオ様に言祝いで頂き、光栄です」

「いま何ヶ月? 赤ちゃんどっちだと思う? 女の子がいい?」

「リオ」


 立ち上がって顔の赤いピスクさんをウリウリと肘でつついていると、ルルさんがコップを持って戻ってきた。水分補給のための果汁入りの水である。小さなひし形の粒が入ったそれを飲みながら、私はルルさんに今までしていためでたい話を教えた。すると、ルルさんは知っていたらしく特に驚かずに頷き、私に座るよう促していた。


「ルルさん知ってたの? だったらこんなブラックなシフトの仕事じゃなくてもっと時間の融通が利く場所にしてあげたらよかったんじゃない?」

「ピスクの結婚相手はなんというか……女傑として有名な神殿騎士でして。そもそもピスクの仕事に最初に立候補したのは彼女の方です」

「妊娠中なのに?」

「ええ。エルフは安産が多いとはいえ実戦の可能性もある職は流石にどうかと止めると、ならば自分よりも強い夫にやらせろと」

「なんだか頼もしい人だねえ……」


 奥さん自身もかなり腕のある人らしく、神殿騎士の部隊をまとめる立場にいて、少し前まではシーリースとの国境付近に赴任していたらしい。ピスクさんはそのときの元部下なのだそうだ。ほほう。

 炎さえも恐れをなすというほどの女傑らしいけれど、ピスクさんによると最近はつわりでちょっと弱り気味とのことだった。彼も心配なようで、撫でる指もゆっくりになった。ヌーちゃんはうとうとしている。


「そうなんだ。やっぱり酸っぱいものとかがいいのかな?」

「物を口に入れるだけで不快だと言っておりますが、気合いでフコの実を食べてしのいでおります」

「気合いで……」


 口に物をいれるだけでって、それどんな食べ物もアウトじゃないですか。つわりってご飯を炊く匂いだけでもオエッとなることがあると聞いたことがあるけれど、赤ちゃんが育っていく時期にそれは辛すぎる。体は何を考えてそんな仕組みになっているのか。

 神様にその辺どうにかしてもらったほうがいいのではと考えていると、ピスクさんがピシッと頭を下げた。


「リオ様のお陰で、食べ物の心配をしないで子を育てられます。我が妻共々感謝しております」

「えっそんなの全然気にしないでどんどん食べて! そうだルルさん、確か奥神殿の下のとこにフコが生えてるって言ってたよね?」

「ええ、大きな実が付いています。取りに行きますか?」

「うん、奥さんにいっぱい食べてもらおう。気合いで」


 フコはかなり収穫量の多い実だけど、神殿騎士をしているのだから食べ物は多くても困らないだろう。

 ルルさんも快く許可してくれたので、すぐに取りに行くことにした。

 ピスクさんはなんだか感激してしまったらしく、ちょっと目を赤くしてますますビシッと礼をした。そのあと、不安定な腕の中で文句を言ったヌーちゃんに慌てて姿勢を起こしていたところを見るに、ピスクさんはいいお父さんになりそうである。






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