ノリノリで歌いたいのにドア窓が気になってしまう15
「初めて会ったとき、すぐにあなただ、と思いました。」
「えっ」
フコのスープを飲み干し、胃袋を圧迫する位置で寝ているバクをそっと移動させている手がつい止まった。
「界の狭間へ入るにあたって結んだ私と国の結び目が霞むほど、強い力が暗闇の中で輝いていたので」
「あ、救世主サマ探しの話ね。私には真っ暗にしか見えてなかったんだけど、そんな眩しい感じだったんだね」
「ええ、地上を照らす冬の太陽のように、偉大であたたかいものでした」
自覚のないことでそんなに手放しに褒められると気まずい。
そしてちょっとドキッとしたことが恥ずかしかった。なんでそんな乙女ゲーチックな語り口で始めるのか。ルルさんと喋っていると無性に乙女ゲーがやりたくなるのである。奥神殿だとスマホの電波入るけど、アプリのダウンロードもできるのだろうか。
「しかし、近付いてリオの姿を見たとき、あまりにも頼りないと思ったのです」
「えっなんかごめんなさい?」
「強大な光を発しているので、もっと力強い、生命力溢れる方かと思ったのですが、リオは痩せていて、顔色も悪かったものですから」
「ほんとすみません……」
どんな人物を想像していたのだろうか。どっしりムキムキな感じで期待していたのだったらすまない。顔色は睡眠不足のせいで、今は回復していると信じたい。
「普段のあなたは、力がとても不安定に見えます。神の加護を受けて強く輝いているときもあれば、今にも消えそうな光のときもあって……」
ルルさんが、バクを抱えている私の手を取った。爆睡しているバクは私のお腹に逆戻りしたけれど、気にせずにピスピスと寝息を立てている。私の手は、ルルさんの少し硬い手でしっかり包まれてしまった。
「私が目を離している間に、死んでしまうのでは、と思ったのです」
「そんなすぐ死ぬ系女子ではないよ」
「ええ、リオは見かけによらず明るくて、しっかりした性格をしています。しかし、自らを省みないところがあるように思います。自分が無理をしてどうにかなるならいいかと思っているような」
「思っ……てないよ」
ルルさんが片眉を上げて私のことを見たので、語尾が弱くなってしまった。
会社ではあれこれと意見する方が面倒になるので、そうやってなあなあにすることが多かった。それが癖になっていたのかもしれない。
「力を尽くすことは良いことですし、時に大きな犠牲を覚悟することもあるでしょう。しかしそれが日常だと思うことは誰にとって得になることでもありません」
「いや、そんな風に思ってるわけでは」
「ええ、そうですね。自覚がないようなので余計に心配というか、そういうとこが余計に放っておけば勝手に死んでそうというか」
「だからそんなすぐ死なないから!」
「リオ、行動の伴わない言葉というのは人を納得させにくいものです」
優しい声で言われると、私が物分かりの悪いヤツだと言われているように感じるではないか。ルルさんには私が暴走トラック野郎にでも見えているのだろうか。反論したいけれど、反論できるほどの材料がない。その上ルルさんがしっかり私の手を握っているので、なんだか言葉があんまり出てこない。
ルルさんは黙った私へにっこりと微笑んだ。
「ですから、せめて私がリオのことをしっかりと見ておかねばと思ったのです」
「完全に私自己管理できてない子供扱いというわけですねわかります」
要するに、暗闇で拾った人間が危なっかしすぎて過保護になっていたということらしい。納得。そしてちょっとガッカリしてしまった。まあそうだよね。
いやなんかさ、ルルさんって本当に顔が良いからさ、やっぱり毎日毎日こうやって顔を合わせていて細々面倒見てもらってるとときめいたりするわけですよ。それはもうしょうがない。誰だってそうだと思う。ミミズだってオケラだってときめくと思う。
「リオ? 子供とまでは思っていませんが」
「いや、かなり子供扱いだと思うよ」
ルルさんは親鳥もかくやという勢いで世話をしているし、これが子供扱いでなくてなんだというのだろうか。さし餌してたしな。
よく考えたらエルフの人たちって背が高いし、私はエルフでいうと成長期くらいに見えているのではないだろうか。手足もちんちくりんだしな……
フコを食べまくっていたら身長とか伸びないだろうか。栄養満点ならワンチャンあるはず。
「リオ」
特に栄養がいってほしい部分、バクが広々と寝ている場所を眺めて念じていると、ルルさんが握った手に少し力を込めた。
「もしリオを子供だと思っていたら、私はもっと正しい生活を強いているでしょう」
「え、うん」
「あなたのことは大人だと思っていますよ」
「そうですか」
行動を伴わない言葉は云々。なるほどよくわかった。
「ところで」
ルルさんが言葉を切って、いきなり私の首元に鼻を突っ込んできた。
「何してんの?! な、何してんの?!」
仮にも寝込んでいた人間の匂いを嗅ぐとは何事か!!
お風呂だって、リルリスさんにタオルで拭いてもらったり桶のお湯で軽く髪を洗うくらいしかやってもらってないのに! 人の乙女心を殺す気か!!
ルルさんの肩を掴んでぐっと押すと、私の体が落ちそうになってルルさんの腕に支えられた。ずるりんと落ちそうなバクはそれでも寝息を立てている。
「奥神殿から戻ったときに言おうと思ってたのですが」
「何?! 汗臭い?! それはしょうがないから離れてね?!」
「いえ……リオ、酒と食べ物の匂いが」
「え、なんの話?」
ていうか、何日前の話なんだそれは。忘れておいてくれたら良いのに。匂いについて女子に指摘するなんて、ルルさんモテ度下がるぞ。
「リオ? 酒を飲んだのではありませんよね?」
「飲んでないよ……あ、」
「何です?」
酒なんてルルさんもご存知の通り食卓にすら上がってないけど、と言いかけて思い出した。
奥神殿で神様と喋ったとき、一緒に軽く食べたんだった。居酒屋風のテーブルで神様がビール飲んでた。日本酒か焼酎も飲んでた気がする。私はウーロン茶だったけども。
ルルさんに説明すると、なるほどと頷いていた。
「それでは、リオは飲んでいないのですね?」
「飲んでない飲んでない。私まだ未成年だから。多分」
地球とここの時間の進み方が同じなのかよくわからないけど、スマホに表示される暦の上ではまだ誕生日を迎えていない。もともとお酒にいいイメージがないので、特に飲みたいとも思っていないし。
私がしっかり頭を振ると、ルルさんがまた頷く。
「リオは私と飲む約束をしましたよね。それまでは決して飲んではいけません」
「したっけ……したかなそういえば。別に飲む機会もないから飲まないよ」
「神と対話されるときでも、どうぞリオはお飲みになりませんように」
「わかったから」
ルルさんは、やや疑わしげな目をしている。そもそも食事時はルルさんが一緒だしアルコールが出たこともないのでそんなに疑わないでほしい。
なんなの、もしかしてエルフの国では未成年の飲酒は打首獄門なの。
お酒呑んじゃいけませんって完全に子供扱いでは、と私が言うと、お酒の約束は子供とはしないでしょうと返された。うぅん、難しいところである。
私が念に念を押されている間も、バクはスヤスヤと眠り続けていた。いや寝すぎ。




