ノリノリで歌いたいのにドア窓が気になってしまう13
怒涛の悪夢パターン全把握状態からしばらくすると、目覚ましも上司も出てこなくなった。というか、たまにぽつぽつと小さいものが出てくるくらいで、それもバクがテケテケ歩いていって食べてしまう。
「暇だね……」
夢の中で暇だというのも変な話ではある。しかし、これだけ意識がハッキリしている状態で夢を過ごしたことがないので、まさしく前代未聞の暇状態だった。最初の頃は悪夢にビビったりしていたけれど、すかさずムシャムシャしまくるバクたちがいるお陰でそんなに怖がる必要もないとわかった。そうなれば夢の中は平和である。
今私とバクたちは、地球にいた頃の私の部屋にいた。部屋というか極狭アパートである。1Kで6畳間は和室という条件が導いた格安物件だった。高校を卒業してすぐに引っ越してから住み慣れた暮らしだし、引っ越す前はさらに狭い部屋だったので今のベッドにちょいスペースを足しただけの空間で十分事足りるのは道理である。
古びた畳に座り込み、布団を畳んで背もたれがわりにしつつ、中古で貰った小さいテレビを眺める。ほんとはちゃっちいテーブルもあったのだけれど、さっきバクが食べてしまっていた。
布団に頬杖をついてテレビを眺める私の近くで、暇を持て余したバクが毛繕いをしたり昼寝をしたりしている。キッチンの方になぜかどう見てもニャニがいるのだけれど、バクはなぜかそれだけは食べなかった。なぜなのか。あれは悪夢じゃないというのか。
テレビは、バラエティのようなニュースのようなぼんやりした感じだ。たまに社長や親や日本の風景などが混じるけれど、バクが液晶に頭を突っ込むとまたぼんやりした番組に変わった。
それをぼんやり眺めているうちにふと気付く。バクって、獏か。夢を食べるからバクなのか。日本語ですやん。
夢の中は、時間の感覚が曖昧だ。かなり長い時間が経ったと思っても起きたら数時間とかもあるし、 その逆もある。とりあえず自然に起きる気配はないので、私はもうちょっとここでのんびりしておくしかないようだ。
ヨレヨレのシャツと短パンで寛ぐ。この部屋でこんな風に過ごしたのはもう随分前な気がする。最後の方はもう大体寝落ちからの慌てて起きて風呂のパターンだった。ダメダメだな。
頬杖をついた腕と頭の隙間に、バクが1匹頭を突っ込んでいる気配がする。先程からせっせと毛繕いしては撫でてほしがっているバクは、抜けた羽をなぜか私の服の隙間に詰め込んでいた。「まぁまぁ取っときんしゃい」みたいな雰囲気で黒い羽を袖の隙間などに入れ込んでくる。何がしたいのかわからないけど、短パンのゴムに挟むのはやめていただきたい。おひねりのつもりだろうか。謎。
「リオ」
通算14枚目の黒い羽を集めたところで、背後から声が掛かった。壁があるはずのそこがぽっかり空いていて、なぜかルルさんがいる。このルルさんは、あの怖い夢のルルさんではないようだ。
だらんと座り込んだ私の前へと回り込んだルルさんは、片手にバクを抱えていた。小さい手足をジタバタさせたそのバクを畳に下ろすと、新入りバクは周囲を嗅ぎ始めた。味見がてらなのか、棚に置いてあったドライヤーを食べている。
「そろそろ戻りましょう」
「えー、もうちょっと」
「もう随分お寛ぎになったのではありませんか?」
どうでもいいけど、ルルさん、土足である。夢の中とはいえ畳に靴は気になり過ぎるのでお願いすると、少し困った顔をしながらルルさんが靴を脱いで私の向かいに膝をついて座った。テレビが見えない位置である。いや、特に見てたわけでもないからいいけども。
私のすぐ近くで毛繕いしていたバクが動きを止めてぽかんとルルさんをしばらく見上げてから、また忙しそうに毛繕いに戻った。
「このルルさんは食べないんだね」
「私は本物ですから」
「まじかー」
「本当ですよ。リオが3日経っても目覚めないので、私が迎えに参りました」
「それはやばいね」
もし事実だったら寝過ぎってレベルではない。餓死しそうである。
「バクに慣れていないものは、しばしば戻れなくなることがあります。そのままでいるとお命にも関わります」
ルルさんは大真面目な顔で私に告げていた。本人の申告通り、かなり本物に近いような気がする。私の夢の中だけども。
「もうバクは随分あなたの夢を食べたのではありませんか? まだリオを脅かすものがでますか?」
「いや、怖い夢は特に見なくなったけど……これが治療なの? バクが食べると怖いことがなくなるとか?」
「神獣バクは夢に浮かび出た感情を食べます。根本的な治療にはなりませんが、苦しみを癒す効果があります」
「へえ、バクってすごいね」
確かに、ずっと寝る際に感じていた疲れや緊張がなくなっている気がする。同じような悪夢をまた見たとしても、今までよりは怖くなくなっていそうだ。
「リオ、どうぞ私と共に戻りましょう」
「でも私まだ目が覚めそうな気配がないんだけど」
「大丈夫です。どうかお願いします」
ルルさんはとても真剣に私のことを心配しているようだ。ルルさんにそんな顔をさせるのは本意ではないので戻ってもいいのだけれど、なんだかんだで体を起こす気力が出ない。久しぶりの部屋なので、もうちょっとぐだぐだしていたい気もするのだ。
あと少しだけここにいて、それから戻りたいな。そう思っているとルルさんが膝でにじり寄ってきた。
「戻るのがお嫌ですか?」
「お嫌ではないですけども」
「目覚めたいという気持ちがなければ、うまく戻ることが難しくなります。どうぞ起きようと思って頂けませんか?」
「……もうちょっとだけここにいたらだめ?」
「戻ってから、いくらでもお休みください。どうぞ私の願いを聞き入れてはくださいませんか」
ルルさんが私の手をぎゅっと両手で握ったので、撫でられそびれたバクが文句を言うようにキッと鳴いた。手を握られる感覚がやたらとリアルである。
「ルルさん、割と押しが強いよね」
「リオは意外と頑固なところがありますね」
「そうかなぁ」
「ええ。意思表示していただけるのはとても有り難いですが。帰りましょう」
掴まれた手を引っ張られて、私の上半身は布団から離れた。バクがころんと転がり、文句を言っている。ルルさんはそれに申し訳ありませんと律儀に謝りつつ、私の体を抱き寄せた。
「えっ」
「申し訳ありませんが、もう少ししっかりと私に掴まっていてくださいませんか」
「えっ」
私の手を自らの首へと回させたルルさんが、しっかりと腰を抱き寄せる。何この状況、と思っていると、ルルさんがはいと私に何か手渡した。
「神獣バクの羽もきちんと持っていてください」
「いやこれどういう状況なの?」
「私が連れて行きますから、どうぞお離れにならないように」
「えっ、目を覚ますだけなんだよね?」
「そうですよ。でも、リオには難しいようなので」
しっかり私を抱っこしたルルさんが、近寄ってきたバクも肩に乗せたり私の懐にいれたりしつつ立ち上がる。
「口付けをすると繋がりやすいと聞いたのですが」
「は?! 何が?!」
「せっかくなのでそれはまたの機会にしましょう」
「だから何が?!」
ルルさんが笑いながら私をしっかりと抱きしめて歩き出すと、急に空間がぐるぐると回りはじめ、どこからか引っ張られるような感覚がして、そして私はこれが夢から覚める感覚だったと思い出した。
息を吸って目を開けると、ルルさんがドアップでこっちを見ていた。
「……おはようございます」
「……ど、どうも……」
寝起きの美形、心臓に悪い。




