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ノリノリで歌いたいのにドア窓が気になってしまう10

 自分の生きている世界がそこそこ厄介な欠陥を抱えていたとしたら、それを知りたいだろうか。限られた人間に対して教えるというのは、よくないのではないだろうか。

 黙っていたらいつか遠い未来に、私が言わなかったせいでこの世界が致命的な方向に進むかもしれない。


 なんか考えすぎて疲れた。残念ながら頭脳労働に向いていない身だ。

 冷めてしまった厚焼きのひと切れを口の中に押し込んで、私は立ち上がった。


 お昼には少し早いけれど、今日はもう出よう。神様の言っていた通り、義務感で歌っても楽しくないし。


 でもよく考えたら、私は本当に歌うのが好きで歌っていたのだろうか。確かに好きは好きだけど、ストレス解消になるから好きとか、色々考えなくて好きとか、なんかそれって逃避じゃないだろうか。学生の頃にカラオケに行っていたのは、学校や家のことで悩んでいたからで、社会人になってからは会社に行くのがストレスで歌って発散していた。


 もしかして、私悩みがなかったら歌ってなかったのでは。

 なんだかそう考えるとちょっとショックだ。歌のことをサンドバッグ扱いというか、セフレのように思っているというか、それってなんか軽んじている感じがする。歌、好きなはずなのに。


「いかんいかん」


 考え過ぎてネガティブになってきた。

 ちょっと休憩しよう。お茶でも飲んで、昼寝してもいいかもしれない。


 白い扉を開けると、ルルさんがいつもと変わらずに私を待っていた。

 しかし、ルルさんはいつもと違う反応をした。


「リオ」


 怪訝そうな顔をしたかと思うと、ぱっと近寄って来て私の額に触れる。それから深刻そうな顔になった。


「大丈夫ですか?」

「え、何が?」

「ひどい熱です。目眩や吐き気は?」

「まじで?」


 背中をさするために下りたルルさんの手の代わりに、私は自分の手で額に触れてみた。

 うん、わからん。

 しかし熱があるかもしれないと思ったせいか、急に体が暑くなってきた。頭も痛くなってきたような気がする。なんでだ。心なしか息するのもしんどい。


「抱き上げますよ」

「うぅ」


 私を中に入れるようにマントを一度はためかせてから、ルルさんは私を抱き上げた。お姫様抱っこである。しかし、残念ながらイケメンのお姫様抱っこを堪能できるほど体力が残っていない。力を抜くと、なんだか顔を起こしておくのも面倒になってしまった。


「あたまいたいかも」

「すぐに部屋へ。医師を呼びましょう」

「神様の……」

「リオ?」


 ふと思い出したけど、神様が私の頭を撫でたときになんかしたんじゃないだろうか。それまでは体調悪いような感じも全然なかったし。オイ神様、何してくれてるんだ。三日三晩苦しんだ後に起きてみたらいきなりサイボーグになってるとか毒虫になってるとかだったら、まず最初に標的にするぞ。


「神がどうかされたのですか? どのようなお話を?」

「神様が頭撫でた。そのせい」

「それは……?」


 ルルさんが困惑した目をした。マイルドな「何言ってんだコイツ」って感じである。そうだよね。私もそんなこと言われたら同じような感じになると思う。でも説明がめんどくさい。どう説明していいかわからないし。

 私が黙ると、ルルさんも聞くのを諦めたようだった。渡り廊下をずんずん歩いて中央神殿の方へと戻り、また廊下を歩いて部屋へと戻る。近くにジュシスカさんがいて、私を見ていた。


「リオは調子を崩されたようだ。医師を」

「ピスクに走らせます」


 私を抱えているルルさんに代わってジュシスカさんが二重になっている扉を開け、それから閉めていった。ドアの間から青色のワニが見えていたのは気のせいだろう。

 ルルさんは真っ直ぐにベッドの方へと歩いていって、私を寝る方向へと座らせた。

 靴のままベッドに上がるのは日本人として許しがたい行為である。踵を擦り合わせているとルルさんが靴を脱がせてくれる。赤い靴をベッドの側へと置いてから、私を覗き込んだ。


「リオ、眠るのであれば上は脱いだ方がいいかと。じきに医師も来ます」

「たしかに」

「申し訳ありませんが、手伝う許可を頂けますか?」


 上に重ねているワンピースは、背中の編み上げリボンを結んでいる。ルルさんが私の上半身を抱っこするように腕を回して、後ろのリボンを解いていった。胴を締めていた厚めの布が緩んで、大きく息をする。ルルさんに手伝われて、そのまま上のワンピースをすぽっと脱いだ。

 下に着ているワンピースは締め付けのないもので寝間着も兼ねているため、ルルさんの前で脱がなくていいのは幸いだった。真面目なルルさんのことである、素っ裸になる必要があったとしても、心配そうな顔して普通に手伝っただろう。


「ふう」

「苦しいですか?」

「全然」


 服を緩めて、ルルさんが置いてくれた枕に頭を乗せ、掛け布団を掛けてもらうと頭痛が随分楽になった。ちょっと平衡感覚がどうにかなっている感じがするけれど、その他は体がちょっと熱いくらいで、おおむね襲い来る眠気のせいでどれも気にならなかった。


「リオ?」

「ごめん、眠いから寝る」

「すぐに医師が来ますが……」

「来たら起こしてくれていいから」


 ルルさんがまだ何か言っているような気がするけど、私は眠気に抗えなかった。




 なんかやけに寝苦しい。

 眠かったくせに眠りが浅いというのはどういう了見なのか。しかもなんか悪夢を見ていた気がする。


 目を開けると、周囲が暗かった。何かアロマみたいな匂いが漂っている。ベッドと部屋を区切るカーテンが閉められていて、隙間からほんの少しだけ明かりが見えていた。


「リオ、起きましたか?」


 カーペットを踏む足音が近付いてきて、ルルさんがカーテンを少しだけ開けた。暗くて顔がよく見えない。テーブルの上に置いたランプは、小さい板の囲いみたいなのでこっちに直接光が届かないようになっている。


「喉が乾いたでしょう。水を」


 ルルさんが体を起こしてくれて、おちょこみたいな小さいコップを持ってきてくれた。3回それを飲み干して息を吐く。もう一眠りするかと寝転ぼうとしたら、ルルさんの手が私の背中を支えて止めた。


「申し訳ありません、これから少し移動します」

「えっ、どこに」

「神殿内にある施療院へ。不快かもしれませんが少し我慢してください」


 ルルさんは掛け布団で私を手早く包むと、それごと私を持ち上げた。巨大な巻き寿司になったような気分である。

 もしかして寝てる間に医者が帰っちゃったから、これから診てもらいにいくんだろうか。


 ルルさんがドアに近付くと、外側から勝手にドアが開いた。ジュシスカさんと目が合う。簀巻き状態の私を見て、ジュシスカさんはちょっと肩を竦めた。若干気まずい。


「お大事に……」

「どうも」


 この後階段の近くに立っていたピスクさんは、無表情で同じ言葉をくれたあと、ルルさんの後ろを歩いてついてきた。とても気まずい。






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