異世界でコタツ作ったら問答無用で救世主です
「はい、できましたよ」
「すごい! ルルさん箱根で職人になれるよ!」
異世界では通じにくい褒め言葉にも慣れているルルさんは、いつものように微笑んで「ありがとうございます」と言った。
冬。
寒い。
地球で暮らしていた頃、日本のように四季が分かれているのは珍しいとかなんとか聞いたことがあったけど、異世界、いやこのマキルカではそれは当たり前のことだった。というかもっとしっかりくっきり分かれていた。
春はポワポワと暖かく、夏はしっかり暑く、秋はじわじわ肌寒く、冬はガッツリ寒い。
ちょっと冷え込むとすーぐ雪が降るし、気軽に積もる。朝は当たり前に氷が張ってたり霜がジャリジャリする。異世界に来て初めての冬を過ごす私にとって、ここの冬はちょっと寒すぎた。
コタツをください、と呟いたのは、秋の終わりの頃だっただろうか。
なんかテレポートとかする謎の力とかある割に電気のないここでは、当然スイッチでつけるコタツは望めない。なんか昔は炭とか使ってコタツにしてたとか聞いた気がする、という曖昧な知識と、テーブルに布団を挟んで足を入れる、という大雑把な記憶とで、私はコタツ作りを始めることにした。
といっても、私は主に設計係である。天板が外れるタイプの机を作ったり、炭をおこしたりするのはルルさんがやってくれた。火鉢とコタツ布団っぽいものは一緒に買ったけれど。
低いテーブルにコタツ布団をセットして、火鉢を入れてから足を入れる。
それが私たちの作り出した異世界コタツ、バージョン1だった。
コタツはシンプルな作りだからか手作りの割にはかなり再現度が高く、ぬくぬくだった。安寧を手に入れた私の隣でルルさんは顔を顰めた。
「火傷の危険が高いのでこのままでは使えません」
あ、スイッチ入っちゃったな。
予想通り、ルルさんはコタツの安全性確保を目論み、私の足はまたひんやりに戻った。
バージョン1.1でまず改善されたのは火鉢。
炭で足を火傷したり、他のものが燃えたりしないように、火鉢には平たい石を彫ってできたアミのフタが取り付けられた。重たいけれど、その分うっかり蹴っても大丈夫。
バージョン1.2ではコタツ布団が見直され、内側には燃えにくい薄布、そして外側には毛布でより熱を逃さない仕様に。
「床と近すぎますね。リオは背中に冷気が当たると風邪を引きますから」
という一言で、バージョン2はちゃぶ台の高さからダイニングテーブルの高さまで大幅な変更が施された。並んで入れる長方形のテーブルに合わせて椅子も作り、布団のサイズも改めて測り直し、熱が逃げないよう椅子カバーもオーダー。
最終的にバージョン2.5くらい、火鉢全体をカバーする木組の枠を組み立てたことでルルさんは満足したようだ。
なんか凹凸の付いた木の板を作ったかと思うと芸術的な格子模様を作り出したルルさんは、やっぱり凝り性だ。サイズ感もぴったりで、火鉢に被せるといい感じの雰囲気が出ている。
「すごい! 早く使おう!」
「まだ昼ですが」
「いいんだよルルさん、コタツなんてものはどうせ昼も夜もなくなるから。炭おこしていい?」
「危ないので私がやりましょう。リオは果物をお願いします」
みかんっぽい果物を天板に並べて、ルルさんが準備するのを待つ。コタツ布団をめくって火鉢を入れ、2人並んで座って、じっと待つ。
「あったかくなってきた! いい感じだねルルさん!」
「足元がよく温まりますね」
「ぽかぽかだー。この木のやつ、足のせていい?」
「熱に近いのでダメです。もし載せたいなら作り直しましょう」
ルルさんの目が本気だったので、お行儀の悪いことは慎むことにした。
ここの家は石材を多く使っているので、ラグやらタペストリーやらがあってもやっぱり冷え込む。夜はルルさんにくっついていればあったかいけど、昼間は足先が冷たくなりがちだった。けれどコタツがあればもう怖くない。みかん的なものの皮を剥いて、ルルさんと半分こすれば情緒も完璧。
「いいねぇ……冬だねえ……」
「リオの世界では、冬はコタツを使って過ごしていたのですね」
「うん、まあ、最近はない人も多かったかも。ていうか私もぶっちゃけそんなに使ったことはないんだけどね。一人暮らしのときは電気毛布使ってたよ。スイッチ入れるとあったかくなる毛布なんだけど、電気代も安いし寝るときも起きてるときも使えるしでねえ」
まあ、ほぼ仕事だったから寝るときの3時間くらいしか使ってなかったけど。というのは黙っておいた。ルルさんは興味深そうに聞いている。
「外にいる時はね、カイロ使ってたよ。こっちの温石みたいなやつ! でも袋から開けてシャカシャカ振ったらあったかくなるから今思うと便利だったよね」
「すぐに使えるのはいいですね」
「でも料理のときは火が大きいからこっちの方があったかいよ。炭火もあったかいし食べ物美味しくなるし最高だよね」
「今日は炭火で肉を焼きましょうか」
「コタツで焼肉! 最高の贅沢だよルルさん!」
私が両手を上げて喜ぶと、ルルさんも笑った。
「元気になりましたね。リオのその笑顔は、このところ風呂上がりにしか見ていませんでした」
「地味に寒かったからねぇ……これから毎日幸せだよ。ルルさんのお陰だよ」
「またひとつリオを幸せにできましたね」
ルルさんの手を握る。ぽかぽかした大きな手は、いつだって私を幸せにしてくれる手だ。
ふふふ、と笑い合っていると、ずぼ、とコタツ布団が盛り上がった。私の隣からずるりと青いワニが出てくる。半分だけ姿を現したニャニは、こちらに手を上げてニタァ……と牙を見せた。それからズリズリとコタツの中へと戻っていく。
「ニャニ……頭から入ってると危ないよ。酸欠になっちゃうから鼻先だけでも出しときなよ」
ゴツゴツした背中を靴下越しにツンツンすると、ニャニはコタツ布団の先から鼻だけを出した。暑過ぎて青ワニが赤ワニにならないことを祈る。
「神獣ニャニもコタツが気に入ったようですね」
「あったかいし最高だからねぇ。私もう動きたくない。ここで寝たい」
「寝るのは布団に行きましょう。私が温めますから」
「コタツがいい……」
ルルさんはにっこりと笑うと、私を抱き上げコタツからズボッと引き抜いた。鬼だった。
夜はルルさんとくっついて寝ますルルさんの方がいいですと10回ほど誓うことでようやくコタツに戻ることができた。
「ふう……いや、ルルさんもあったかいけどね。コタツはすごいんだよ。コタツは引力を持ってるんだよ。入ったら出たくなくなっちゃうんだよ」
「そうですか」
「ほんとだよルルさん。ほらニャニだって出てこないよ。ルルさんだってこうなるんだよ!」
「そうですか」
ルルさんのメンタルとコタツの魔力、どっちが勝つのだろう。
私はしれっと飲み物を入れに席を立つルルさんを眺めながら、予想できない勝敗に思いを馳せた。
その後。
私が本格的にコタツムリ化してきて引きこもり始め、ルルさんがせめて外出させようと神殿にもコタツ拠点を作り、それをルイドー君たちが使ってどハマりし、そこから爆発的にコタツブームがマキルカ全土に広がることになって、私はまた冬の救世主とか崇められることになったのだった。




