真夏の夜の夢18
ほったらかしにしてきたギャングの人たちは、後で捕まるらしい。
「馬を預けた神殿騎士がいたでしょう? そこに頼みましたから今頃は見知らぬ場所で目覚めてると思いますよ」
「そっかー。親子バクを閉じ込めてたんだもんね」
「あのような狭い檻にいれて閉じ込めていたら、保護しているという言い訳もできませんし」
ルルさんの言葉に、ジュシスカさんも強く頷いていた。
「あの檻、親バクがじっとしていたからいいものの、動けば子バクだけが外に落ちていたかもしれません……」
「確かに! 隙間大きかったもんね。ころんって落ちちゃったらお母さんは身動きできないし、大変なことになってたかも」
「恐ろしいことですが……人間の国には、神獣を病の薬になると」
「ジュシスカ、やめろ」
ルルさんが肘打ちしたのでジュシスカさんは話すのをやめたけど、私はわかってしまった。ネットで知った情報だけど、地球でもそういうことがあった。漢方で虎の牙を使ったり、アフリカの儀式で色々……とかなんとか。
あの人たちは、バクを売ろうとしていたのかもしれない。おとなのバクなら逃げられるけれど、まだ目も満足に開いていない子バクならそうもいかないのだろう。捕まえにくいだけあって価値も高いんだろうか。どんなことをしても健康で長生きしたいと思う人たちは、この世界にもいるようだ。
「人間が本当にすみません……」
「リオが謝ることではありません!」
あんなちっちゃな子バクが欲望の犠牲に。と考えるだけでなんか申し訳なくなって謝ると、ルルさんが慌ててそれを止めた。ジュシスカさんも「リオ様に謝らせるつもりは」と言いながら珍しく焦っている。
私はこの世界生まれの人間じゃないけど、この世界の人間と地球の人間が似ているのでなんか同じ人間としてたまにいたたまれない気持ちになる。エルフが良識ある人が多いだけに。
「リオ、バクが売買されたことがあるのは事実ですが、リオが心配するような悲惨な状況になることは多くありません。バクがああ見えてしたたかだというのは知っているでしょう?」
「うん。今日もめちゃくちゃしたたかだったもんね」
「神殿の記録では、バクに導かれて様々な闇売買を防いだという記録もちらほらあります。この親子も、ヌーちゃんが見つけて助け出せたのは偶然ではないはずですよ」
「あ、そうなんだ。バクってお互いに助け合ってるのかな」
仲間が連れ去られたと知ると、駆け付けて犯人を片っ端から眠らせたりしているのだろうか。……強すぎて私たちの出る幕ない気がする。今回私たちを呼んだのは、自分たちでは外せないカギを壊させるためだけだったのかも。
そう考えると、バクを捕まえて売り捌くのはものすごく難しいことに思えてきた。ちょっとホッとした。
「あの者らも罰を受けますから、もうバクを売ろうとは思わないでしょう」
「だね! 私も神様にチクっとくから!」
「どんな罰よりも恐ろしいですね……リオ様、しっかりご進言お願いします」
私が意気込むと、ジュシスカさんも力強く頷いた。
あの神様にチクったとして何か天罰があったりするわけじゃないけど、それでもやっぱりチクっておく。神様もヌーちゃんと仲良くおつまみを食べる仲なので、きっと一緒に許せない気持ちを分かち合えるはずだ。
頷き合っていると、シャッと獰猛な声が聞こえてきた。ニャニが片手を上げながらシャーと口を開けている。
「なにニャニ、怖いんだけど」
「リオ、ニャニもバクを守ると意気込んでいるのでは」
「そうかな? そうなのニャニ? ニャニも子バク愛護協会に加入するの?」
ニャニがあげた片手をさらに高く上げようとプルプルしている。
「ニャニがいたら千人力だね。よしよし、ニャニは強いからバクたちの守護神になるんだよ……バクを使って何か企んだりしてる奴がいたら、こう……シャーッてやってバクーッてやるんだよ。ニャニは今日から子バク愛護協会名誉会員だからね」
しゃがんでゴツゴツの頭を撫でながら言い聞かせると、ニャニはゆっくりと手を下ろした。そしてしばし静止したかと思うと、いきなりシャアアアァッ!!! と凶暴な音を発しつつダバダバと駆け抜けていく。何回見ても心臓に悪い。
「ニャニ怖っ!! 出かけるならゆっくり歩いていきなよ怖っ!!」
「リオ、大丈夫ですか?」
「ルルさんにもらった寿命縮んだかも」
手を貸してもらって立ち上がる。ニャニが去っていった方を眺めながら、ジュシスカさんがぽつりと呟いた。
「バクを売ろうとする不届き者を見つけたのかもしれませんね……」
「まさかあ」
その夜も普通にニャニが出てきたので気にしてはいなかったけれど。
大陸の向こうでニャニが突然現れバクを売ろうとする悪人が捕まったという噂を聞いたのは、それから1ヶ月後のことだった。




