真夏の夜の夢16
「ルルさん見て!! 見てほらかわいい!! すごくかわいい!!」
「そうですね」
ミューミュー鳴いている子バクは、まだしっかり歩けないようだ。ヨロヨロと鼻先を上げては親を探すように鳴いている。その姿が素晴らしく健気で、ちっちゃくて、身悶えしてしまうほどに可愛かった。おとなのバクよりも毛がポワッポワで羽根が生えてないのもかわいい。
「ひゃーころんってしちゃったかわいい! 手がちっちゃい!」
「リオ様、私にも見せてください……」
もちろん、子バクが締め付けたのは私の心だけではない。
ジュシスカさんはいつも通りの憂い顔なのに、やたらとぐいぐい寄ってきた。バクたちはさらに近付こうとテーブルによじ登り、我先にとキーキー言いながら子バクたちの方へと詰め寄る。
狭いカゴから出て伸びをしていた親バクは囲まれてこてっとテーブルの上に転び、そして見えた子バクたちを周囲のバクがペロペロペロペロと舐めて可愛がっている。おなかから落ちた子バク2匹は、もはや集まったバクで見えなくなるほどだ。
「ちょっとちょっと! そんなに押しかけたら子バクちゃんが潰れちゃうかもだから! ほら私が抱っこしてあげるからね〜」
「いえリオ様、ここは私が守りますからお任せください。神殿騎士である私の方が強いので」
「私だって救世主ですけど?! 子バクちゃんの救世主にだってなってみせますけど?!」
「リオ様は大きいやつをどうにかしてください。ほら親が困ってます」
「ジュシスカさんがどうにかしてよ! 噛まれても平気そうな顔してるじゃん!」
「動物に噛まれても痛みはさほどありませんが心は痛むので」
「やっぱあれ傷付いてたんだなんかごめん! でも子バクちゃんは渡さない! ルルさん手伝って!」
「ジュシスカ、引け」
「フィアルルー……邪魔をするなら容赦はしない……」
「やっちゃって。その間子バクを私が守るから」
私とジュシスカさんは両手でバクたちを掬い上げては子バクから遠ざけつつ、お互いに譲らない。バクはバクで子バクにメロメロなせいか、遠ざけても遠ざけても駆けつけて子バクをベチャベチャに舐めようとする。
子バクの魅力はおそろしい。
私が虎の威を借り、ジュシスカさんとルルさんが睨み合ったところで、正義の鉄槌が下された。
「おーまーえーらーはーアホかっ!!!」
「いたっ!」
ジュシスカさん、私、ルルさん、そしてバクたちは、ビシビシと順番に鉄槌を額に食らった。
下したのはルイドーくんである。デコピンである。結構痛かった。
「痛いんだけど! ニャニ!」
「お前らがアホだからだろうがっ!!」
イスの足にごつんごつんあたりながらもシャー攻撃をしたニャニを気にもとめず、ルイドーくんが一喝する。
「おいジュシスカてめえは編みカゴ見つけてこい!! これくらいのだぞ! リオてめえは布用意しろ! ハンカチでもなんでも出せ! フィアルルー様は食べ物出してくださいどうせこいつのために何か持ち歩いてるでしょう!!」
「アッハイ」
それぞれにビシビシと指示を与えたルイドーくんは、手早くバクたちを遠ざけて親バクをそっと持ち上げてマントの布で包み、途中で落ちた子バク2匹もそっとお腹の上に戻す。
「あのう、ハンカチどうぞ」
「それで足りるわけねーだろ!」
「ルルさんハンカチ出して!」
「フィアルルー様は早く食べ物出してください! 水も!」
勢いが強い。私はおやつを取り出すルルさんのポケットを探ってハンカチを取り出す。慌てて走っていったジュシスカさんが蔦を編んだようなカゴを持って戻ってくると、ルイドーくんはバクを避けながらハンカチをそこに敷くよう指示した。そして抱えていた親子バクをそっとその中に入れる。ルイドーくんが親バクの口元におやつと水を近付けると、すごい勢いで食べ出した。
「お腹空いてたんだね……閉じ込められてごはん食べられなかったのかな」
「エサ貰ってようが貰ってまいが子育てしてりゃ腹減るだろうが。常に食べられるようなエサもない状況ならまずそこを心配しろ」
「すいません」
「ルイドー……触っても?」
「いいわけあるかアホ! こんな小さいのに負担かけて弱ったらどうすんだこのごぼう!! お前らも加減考えろ! ベロベロ舐めやがって体温下がったら死ぬぞ!」
ルイドーくんが鬼神いや鬼子母神のように怒るので、ジュシスカさんとバクたちもしゅんとしていた。怒りながらもルイドーくんはべたべたになった子バクたちをそっと拭いてやり、親バクのお腹に寄り添わせてやっている。
どうやら、この中で子バクお世話スキルが最も高いのはルイドーくんだったようだ。
鬼のような勢いかつ的確な指示に、私たちはハイと従うしかなかったのだった。




