真夏の夜の夢１５
抱えているバクたちの体温で暑さを感じつつ、ルルさんとジュシスカさんが棚を動かすのを見守る。重そうな音を立ててズレた棚のあとには、夢で見た通りの木目があった。
「ヌーちゃん、あの床見たことあったの？」
大の大人ふたりがかりで動かすような棚の下にあった床を、ヌーちゃんはどうやって見たんだろう。この店の人が動かすのを覗き見ていたんだろうか。
尋ねてみても、ヌーちゃんはフンフンと鼻を鳴らしているだけだ。
……いや、これはヌーちゃんじゃないかもしれない。
ていうかどれがヌーちゃんだっけ。
「ヌーちゃん？」
キッと返事があり、小さな舌が私の手をペロペロと舐めた。
ただし鳴いたバクと私の手を舐めたバクは別の個体で、しかも舐めているのは２匹。片方はさらに甘噛みしている。お腹が空いているようだ。
もう一度呼びかけてみると、今度は３匹が返事をした。
どうしよう。どれがヌーちゃんかわからない。
かろうじて判別できるのは、陶器のかけらを前脚で抱えてカリカリ齧っているバク（小神殿在住）だけである。よく見たらこの状況でウトウトしてるのとか、ジタバタ降りようとしているのとか個性はあるようだけれど、どれがヌーちゃんでどれがそうじゃないのかという決め手には欠けていた。みんな黒いふわふわだ。
悩んでいると、足にたむと青い手が乗っかる感覚があった。椅子の下からニタァと牙が覗いている。
唯一無二なだけに個体識別しやすいのは、ニャニの長所だろうか。とりあえず足はずらしておいた。
「外せるようになってるな」
「……確かに」
刑事スキルを遺憾なく発揮するルルさんが床をコンコンとノックすると、他の場所とは音が違うところがあった。ジュシスカさんが並んでいる床板の隙間にナイフを立てると、床の一部が浮く。ガコッと音がして板が外れると、薄暗い空間が微かに見えた。
中を見下ろしたルルさんが驚いたように目を見開く。
「これは……」
「何？ ルルさん何があったの？ ていうかヌーちゃんたちがめっちゃ暴れるんだけど」
床下に行けるようになったと気付いたバクたちが、一斉にそっちを目指し始める。慌てて抱え込むけれど、数が多いので半分くらいは逃してしまった。そのバクたちが近寄る前に、ルルさんが床に手をつきながら片手を暗闇の中に下ろした。そして取り出したものを持ってこちらへとやってくる。
「何それ？」
ルルさんの手にあったのは、針金を縦横に組み合わせて作ったようなカゴに見えた。そっと運ぶためかルルさんは両手で持っているけれど、持とうと思えば片手でも持てそうな、あまり大きくないサイズ。黒いものがはみ出ている。
「え、もしかしてバクを捕まえてたの？ でもバクは出れるんじゃ」
「リオ、ここを」
「なに？」
テーブルへと置かれたカゴの中には、１匹のバクが窮屈そうに入っていた。バクは仰向けになっているので、爪のある小さい手足が見えている。
ルルさんが示したのは、その四肢の間にあるフカフカのおなか。
言われた通り眺めていると、おなかの一部がモゾモゾと動いている。それは小さく、丸っこく、そして小さいながらもとんがった鼻先があった。
「……バクの赤ちゃん！！」
ピンポン球くらいの小さいサイズのバクがいた。しかも結構多い。６匹以上いるように見えた。
私と一緒にバクたちが身を乗り出して眺める。
「外に出してやりましょう。リオ、剣を使うので少し離れてください」
「うん、早く出してあげて」
私は体を起こして、ルイドーくんがバクたちを私の腕に押し戻す。カゴの側面に取り付けられていたのは南京錠に似た、カギを使って開けるタイプの錠のようだ。ジュシスカさんがカゴを抱えてその錠をテーブルの端に乗せると、ルルさんが剣をそこへ突き立てる。ガチッと硬い音がして、重たそうな金属がカゴから落ちた。
「る、ルルさん剣がダメになっちゃうんじゃ」
「んな簡単に刃こぼれするわけねえだろ。あれは無二の宝剣だぞ」
「ええ。大丈夫ですよ。ほら」
ルルさんが見せるように空中に浮かせた剣は、確かにヒビなども入っていなかった。ていうかむしろ机に切り傷が付いている。宝剣、強度がすごい。
ジュシスカさんがカゴを開けると、中に入っていた親バクがモゾモゾと動いて出てきた。お腹に乗っていた子バクはほとんどがそのままお腹につかまって一緒に出てきたけれど、２匹がころんとテーブルに落ちる。親と離れた子バクは、チーチーとミューミューの間くらいの、なんともいえない可愛さのある高い声で鳴く。まだ目も開けていないのに、ちっちゃな口をいっぱいに開けて鳴くその姿は私の心を締め付けまくった。
「か……かわいい〜！！ 見て！！ かわいい！！」
