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真夏の夜の夢13

 素早くバックステップを踏んだのは、ヌーちゃんそのひとだ。

 本気じゃなかったとはいえ、帽子の人の蹴りをやすやすと避けたヌーちゃんは、道を塞いでいるその人に反撃をすることに決めたらしい。

 キッと鳴くと、短い四肢を伸ばすようにして走り、そして蹴りを繰り出した足に噛み付いた。


「ってえ! クソが!」


 足首あたりにしがみついたヌーちゃんは、帽子の人が振り落とそうとする前にぽてっと石畳に落ちてたたっと距離を取る。踏んづけようと振ってくる足の間を滑り抜けて、今度は軸足にガブリ。


「ヌーちゃん……」


 いつになくアクティブ、そしてアグレッシブ。

 私が知っているヌーちゃんはほぼ寝転がっていたり食べていたりで、動くときもとたとたとのんびり歩くマイペースなバクだ。こんなに素早い身のこなしをしているのは、ポテチを狙っているときくらいではないだろうか。

 人に対してこんなに攻撃的になるところも見たことがない。ぽやぽやしているヌーちゃんがこれほどまでに戦い慣れているなんて、施療院の人たちでも知らないんじゃないだろうか。


 とはいえヌーちゃんは小さい。周囲の人が手こずっている帽子の人を笑いながらも手伝うように蹴ろうとし始めたので、ヌーちゃんはコロンと石畳を転がって距離をとった。


「ヌーちゃん危ないよ!」


 私がルルさんに助けを求める前に、ヌーちゃんが球体になった。

 いつもはふわふわの毛皮が楕円形を作り、そこから黒い羽根がぴょんぴょんと飛び出ている。そのふわふわの毛は、逆立つと意外と長さがあるようだ。

 ぶわっと毛を逆立てたヌーちゃんは、後ろから見ているとまさにまん丸な状態だった。真っ黒で丸いので、そこだけ世界に穴が空いたようだ。


 キーッ!!!


 ヌーちゃんが、小さな体で目一杯の鳴き声をあげる。

 すると、私たちの背後にいた人が突然大声を上げた。


「うわあっ?!」


 驚いた声に釣られて振り向くと、私たちの背後、ルイドーくんの正面にいた人の顔が真っ黒になっていた。ホラー漫画的展開かと思ってビビったけれど、よく見たらバクが顔面に張り付いている。その隣の人は襟元からバクが飛び出していた。

 前を向くと、頭を布で隠している人にもバクが付いている。布の間から転がり出てきたバクを手で振り払おうとするけれど、バクはその手にしがみついて首元へと戻った。近くの排水溝から登ってきたバクが、端にいる人のズボンを駆け上る。


 周囲に気を取られた帽子の人には、ヌーちゃんが再び向かっていった。ズボンの裾に頭を突っ込んだヌーちゃんはぬるりと入り込み、そして頭のところから再び出る。ヌーちゃんに気付いた帽子の人が頭に手をやろうとするけれどその手はヌーちゃんに届かなかった。


「何だ?!」


 伸ばした手で咄嗟に額を抑えた帽子の人は、よろよろと後ずさって尻餅をつく。ヌーちゃんが襟元に潜り込むと、まるで電池が切れたように起きていた上半身が石畳の上に倒れた。

 同時に他のバクもそれぞれの首元に潜り込むと、仲間の人たちも次々に倒れていく。助けを求めるように汚れた壁に縋った最後のひとりが座ったまま目を閉じると、この路地に立っているのは私たちだけになってしまった。


「え……これってヌーちゃんたちが……?」

「そのようですね。バクは人を眠らせる力がありますが、ここまで強制力があったとは」


 ルルさんも少し驚いたように、眠り込んでしまった人たちを見回していた。倒れている人のそばでしゃがんでいたルイドーくんが「深く眠っているようです」とルルさんに告げる。その倒れている人のお腹あたりがむくむくと膨らんで、バクが再び顔を出した。帽子の人を見ると、脱げた帽子の影からヌーちゃんも姿を現す。


「すごい。あっという間に倒しちゃったね」

「……こうも鮮やかに倒されると、我々騎士の面目が立ちませんね……」

「危ないことにならなくてよかったよ」


 ジュシスカさんはちょっと残念そうだけど、ヌーちゃんたちが無傷で相手を鎮圧してくれてよかった。

 普段は病気や悩みのある人たちを助けたり、主に自分の食欲を満たすために使っているバクのスキルは、こうやってピンチのときにも活用されるようだ。

 完全に沈黙した人々を見て、ルルさんも安全だと判断したようだ。お許しが出たので、ヌーちゃんを労わろうと近寄った。


「ヌーちゃんすごいね! ステップも鮮やかだったしヌーちゃんって意外と……ヌーちゃん? ヌーちゃーん?」


 倒れた帽子の頭によじ登ったヌーちゃんが、キッキッと鳴きながら前足をカリカリと動かしている。小さな前足はさほどパワーはないけれど、小さな爪が細かい傷を付けていた。額やら鼻やら頬やらにひっかき攻撃を受けている帽子の人は、それでも深く眠り込んだまま動かない。


「ヌーちゃん、オーバーキルオーバーキル」


 まだ怒っていたようだ。

 眠らせて無抵抗な相手に傷を付けるのは流石に忍びない。

 私たちは、それぞれ眠らせた相手に対して引っ掻いたり噛み付いたりしているバクたちを回収するはめになってしまった。

 温和に見えるバクは、意外と根にもつタイプだったようだ。






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