真夏の夜の夢11
「あのー、できたら中に入らせてほしいんですけども、ダメでしょうか」
「知らねえようだから教えてやるが、ここらは神殿の世話になってない奴らが集まってる場所でね。救世主だろうが神殿騎士だろうが入らせろと言われてハイどうぞと従う理由もねえんだよ」
「あっそうなんですね……」
この世界、というか、このエルフの国マキルカは政治がちょっと独特だ。民主的ではあるけれど、政治家という専門職はない。法律はあって罰則もあるけれど、それを決めたのは昔の街の長老とか、神官とかそういう有識者たちだそうだ。悪事を取り締まるのは大体神殿騎士の役割だけれど、それは街に委託されてやっているからだと前にルルさん言っていた。つまり、地域によってはここのように神殿騎士以外が取り締まる役目をしていることもあるのだろう。
政治がユルいのはたぶん、エルフの寿命が長いのと、大陸が広くて豊かなおかげで争いがあんまりないのが関係してるんだと思う。いい意味で自由というか。神様を信じ神殿にお参りする人がほとんどだけど、信仰していない人もいて、それはそれで受け入れられているのだ。それぞれやりたい仕事をしていて、困ったことがあったらみんなで話し合って決まりを作る。色んな技術や問題や法案で溢れていた地球の現代社会と比べると、なんともゆるーっとした社会である。
まあ、平和といってもみんながイイヒトなわけではなく、こういう治安のよろしくない場所もあるわけで。
そうなると救世主という印籠も意味がないわけで。
「手ぶらがダメなら、フコの実ならお渡しできるんですけどどうでしょうか? 30個くらいだったら明日にでもお届けできるかと」
「フコなんざその辺でも買えるだろ」
「確かに……」
豊かになったマキルカには、あちこちにフコの木がある。過去の私が頑張ったせいで。
「えーと、じゃあ、お金……とか?」
「こう見えて金に不自由はしてなくてね」
「そうですか、それはよかったです……」
よかったけど、よくはない。
この人たちはお店の中を見せてくれる気はないようだ。
どうしようとルルさんを見上げる。目が「やりましょう」って言ってる。やらないで。
次にジュシスカさんの後ろ姿をジーッと見つめると、視線を感じたのかジュシスカさんが振り返って頷く。
「……この人数なら流血させずに制圧できます」
「いやそんな保証はいらなくてね。それはできれば使って欲しくない最終手段なんだけどもね」
たむたむと足を叩かれて下を向くと、四肢でしっかりお腹を持ち上げ臨戦態勢のニャニがシャッと短く息を吐いた。
「ニャニは大人しくしてて」
「リオ」
「どうしたのルルさん。もしかして武力的解決以外の提案をしてくれる気になったの」
「中から物音が」
目的のお店はドアが閉められているけれど、耳のいいルルさんは音が聞こえたようだ。私も耳を澄ませてみると、かすかにカリカリと引っ掻く音が聞こえてきた気がした。
「もしかしてヌーちゃんいる?」
「ヌーちゃんかどうかはわかりませんが、あの扉のすぐ内側にバクがいるようです」
「おーいヌーちゃーん!」
やっぱりヌーちゃんはここにいたようだ。
私が声をかけると、帽子を被った男性が隣の人たちに何やらひそひそと話す。それから扉を開けた。扉をカリカリ引っ掻いていたヌーちゃんがぽてっと前のめりに倒れる。
ヌーちゃんのためにドアを開けてくれるなんて意外と親切な人だ。
そう思ったのも束の間、床にぺたんと倒れていたヌーちゃんを、その帽子の人が片手で掴んで持ち上げた。




