真夏の夜の夢9
ルルさんが言っていた通り、神殿から路地まではけっこう距離があった。
お店や市場がある中心地から宿の多い並び、そして住宅ばかりのエリアが長々と続く。馬に乗っているおしりがちょっと痛くなり、ぽつぽつと小さいお店が現れ遠くの景色が草原になった頃にようやくルルさんが馬を止めた。
ルイドーくんがパッと馬から降りて、近くにあった交番みたいな建物に入っていく。出てきたルイドーくんは神殿騎士の服を着た男性2人を連れていて、その2人が馬を預かってくれるようだ。
「ふー。到着?」
「ええ。リオ、疲れていませんか? もう昼近くですから、少し休んでから行ってもいいかもしれません」
「ちょっと疲れたけど大丈夫。ヌーちゃんも気になるし、先に見に行ってからお昼にしようよ。ねえルイドーくん」
「だな」
ルイドーくんがたてがみを叩くと、愛馬である白馬のフィー(絶対ルルさんから名前とったやつ)は神殿騎士について大人しく歩き始めた。パステルはルルさんにすり寄ってからその後ろを追い、ジュシスカさんの愛馬は撫でようとしたジュシスカさんの手を噛んでからフンと去っていった。地上に降りたニャニは私の靴の上に顎を乗せようとにじり寄ってきている。
「リオの夢に現れたのと同じ路地は、この裏通りを行ったところにあります。この辺は治安が良いとは言えませんから私から離れないように。もし何かあったら声を上げてください」
「はーい」
私とニャニが片手を上げると、ルルさんがジュシスカさんとルイドーくんに目配せする。するとジュシスカさんが私たちの前に、ルイドーくんが私たちの後ろに移動した。阿吽の呼吸のようだ。それぞれが剣を構え、私の左側に立ったルルさんも手を剣の柄にやっていた。
「……いや待って? なんか物騒なことになる前提で動いてるけどちょっとそれは気が早すぎるんじゃないかな?」
「リオ、警戒はし過ぎて損をすることはありません」
「いやでもまだ何も起こってないのに厳戒態勢過ぎない? 逆に相手を刺激させるとかあるんじゃないのこれ? どうなのルイドーくん」
「いいから早く歩け」
阿吽の呼吸トリオには穏便にいくという選択肢がないようだ。うちの近所に剣を持ってブラついている人がいるってなったらルルさんはすっ飛んで捕縛しにいくというのに、自分は堂々と同じことをするのはどうなんだろう。視線を落とすと隣を歩いていたニャニがニタァ……と牙を見せた。
「ニャニ、せめてニャニは物騒な感じ出さないでね。いや見た目の時点で十分物騒だけどこう、無実の相手に突撃していったり、シャーッて威嚇したり、噛み付いてローリングとかしないようにね」
私の話に耳を傾けながらのたのた歩いていたニャニがシャと口を開けそうになったので、私は上から素早く押さえつけて封じた。ルルさんが「無闇に離れないでください」と私の手を引っ張った。ニャニのせいで怒られたじゃん。
やたら近寄ってくるニャニを踏まないよう気を付けつつ、道を曲がる。角にあったのはパン屋さんで、香ばしい木の実と焼き立てパンの香りが漂っていた。
「これ! この匂い! 夢とまったくおんなじ!!」
「リオ、そこを右に」
「……鍋の看板! ルルさんすごい、夢で見たそのままのとこだよ!!」
路地に入った瞬間、まるで歩きながら夢を見ているような変な錯覚に陥った。夢で見た光景がそのまま、立体感を伴って目の前に広がっている。建物に挟まれて薄暗い感じや湿っている石畳、窓の割れ具合までまったく同じだった。
正夢というには精密すぎる気がする。夢の中でヌーちゃんがこれを再現したのだとしたら、ヌーちゃんって実はかなり記憶力がいいんじゃないだろうか。
夢で人影が立っていた戸口に目をやると、その人物が音もなく奥へと消えていく。通りすがる物騒な人相の大柄な男性が、私たちをジロジロと遠慮なく眺めていた。2階の小さい窓に目をやると、老婆がピシャリと鎧戸を閉める。
夢と違うのは、人の反応だけだ。建物や道は全部同じ。
キョロキョロしながら歩いていると、やがて何も書かれていない看板が出ている店を見つけた。扉の左右にはほとんど余裕がないような狭い店。看板の汚れ具合もドアの模様も全部同じだ。
「ルルさん、あれ! あそこのお店!」
「あの黒い扉ですね?」
「そう! あそこの奥に入っていったの」
こちらを振り返っていたジュシスカさんは、ルルさんに頷くとひとりでその扉に近付いていく。ドキドキしながら見守っていると、どこからともなくジュシスカさんの進行を阻む人たちが4人出てきた。
「リオ。下がって」
「フィアルルー様」
普段より硬いルイドーくんの声に振り向くと、私たちの後ろにも5人ほど人が並んで狭い路地を阻んでいた。ルイドーくんは私たちに背を向け剣を構えている。
えっ。これってもしかして早速の物騒展開?




