ノリノリで歌いたいのにドア窓が気になってしまう7
「リオ、こちらが神殿騎士のジュシスカです」
翌日、ルルさんが紹介したのは、シャラーンと効果音がつきそうなキューティクルをストレートの金髪に輝かせた男性だった。背中ほどに伸びた髪をファッサァ……と払ってから私の方に手を差し出す。私がちょっと躊躇ったのちに手を乗せると、彼は少し引かれて礼をした額に近付け、それから顔を上げた。
「神殿騎士、ジュシスカです。どうぞよろしく……」
なんかこう、ふんわりというか、ぼんやりというか、生あったかい風みたいな吐息成分多めの喋り方をしたぞ。私の手を離したジュシスカさんは、ふぅ……と悩ましげな溜息を吐いて髪をかきあげている。
言うなれば金髪碧眼のナルシストという感じである。
「そしてこちらが同じく神殿騎士のピスクです」
「ピスク? ビスクじゃなくて?」
「ええ、ピスクです」
名前の響きがちょっと可愛いもう一人は、ボディービルダーアメリカ大会優勝っぽい見た目をした男性だった。首筋の筋肉がもうデカイ。意味不明。金髪は短く刈っていて、その代わりにヒゲが顎をもさっと覆っていた。
言うなれば金髪碧眼のレスラーという感じである。
「ピスクです、救世主様にお会いできて光栄です」
同じく手を差し伸べたピスクさんは、見た目からは想像もつかないような繊細な手付きで私の手を持ち上げ、それからほんの少しだけ甲を額に付けた。温かい手は私の倍くらい大きい気がする。
声はバリトンで非常によく響く。優しくて力持ちタイプなのかもしれない。リスとか寄ってきそう。
「どうも、異世界人のリオです」
「今日からこの2名が交代でこの階を護衛いたします。片方は階段のところで、もう片方はこの近くの部屋で待機します。外出時は1名または両名は付き添うことになるでしょう」
「休みないじゃん。ホワイト精神はどこに!」
「待機時は休息も兼ねますから、リオが心配することはありません。2人の身元は私が保証します」
ご飯とかトイレとか限りなく不自由なんでは。ブラック就業反対!
私が架空のプラカードを掲げて抗議していると、ジュシスカさんが優雅に頭を下げた。ルルさんより少し金の濃い髪がサラーッと流れる。
「申し訳ありません……神殿騎士の多くは人々の暮らしを守るため地方へと散らばっているので……。しかしご安心ください。私はこう見えて神殿騎士の中でも最も強い騎士ですので」
「そうなの?!」
「そうです……」
そんなに吐息を混ぜた喋り方なのに?!
私が驚いていると、ルルさんが本当だと教えてくれた。ジュシスカさんが1番、ピスクさんが2番目なんだそうだ。
「ルルさんは? 3番目?」
「私は神殿騎士ではありませんよ」
「えっほんとに? 前神殿騎士だって言ってなかった?」
「以前は神殿に勤めてもいましたが、現在はリオの護衛騎士です。ずっとお側に控えていますよ」
「そういえばそうだね……えソレ大丈夫? 降格じゃない? 給料出てる?」
私は特にルルさんにお給料を払っていないので心配だ。いきなりストライキとかする前に交渉したほうがいい。
「リオのための予算から幾らか頂いていますし、こう見えても蓄えはありますから」
「多めに貰ってね……ルルさんは護衛騎士で、ジュシスカさんとピスクさんは神殿騎士なの?」
さっきのブラックシフトを考えると、雇用形態的に神殿騎士でも問題ないならルルさんもそうすればよかったのではないか。フリーランスより勤め人の方がもしものときも安心である。
しかしルルさんは首を振った。
「彼らは神殿より命ぜられて護衛をしています。万が一、神殿から命じられれば、リオの意に背いた行動をとることもできます。私は命じられて護衛をしているわけではありません」
「だからルルさんは、誰かに何か命令されてもそういうことにはならないってこと?」
「ええ。リオはおひとりでこの世に喚ばれたのですから、ひとりくらい味方が欲しいでしょう? どんな時でもお守りいたします」
「鬼たのもしい……」
微笑んで頭を下げたルルさんの男前度はとどまることを知らない。
そうか、エルフの人々はかなりまともな価値観をしていて、神殿は私のことを保護してごはんとかくれているけれど、そうじゃない場合も考えられたし、何かの間違いで私を追い出したりする可能性もゼロではない。
ここから出ると私は暮らしていける自信がまるでないのだけども、ルルさんがいるなら道端で餓死とかにはならないだろう。森でも野宿できる人だし。そう考えるとすごくたのもしい。
改めてルルさんの凄さに感心していると、ピスクさんが一歩前に出た。大きいので、彼基準だと半歩かもしれない。
「確かに命ぜられて任に就きましたが、我々も神に仕える騎士です。誠心誠意お守りいたしますし、神の意に背くような命令であれば聞き入れません。どうぞご安心ください」
「あ、その辺も特に心配はしてないので、大丈夫です。よろしくお願いします」
神殿で騎士してるくらいだもの、そりゃ心身共に立派な人ですよね。
もしものことは考えはしたけれど、そんな場合が来るとはあまり思っていない。責任感のない人たちなら、暗闇に落っこちた私をわざわざ迎えに行かせないだろうし。
「ジュシスカさんも、よろしくお願いします」
「ええ……、それで、本日はどちらへ?」
シャラーンと髪を揺らしたジュシスカさんが尋ねる。
「今日はー、えっと、奥神殿で祈ろうかと」
「午前は毎日そうなさってるようですね。午後は?」
「えーっと、午後も……あの、まだもうちょっと祈った方がいいかなって」
ついルルさんの顔色を窺ってしまう。青い目がじっと見ていて、気まずさに視線を逸らしてしまった。
シーリースのことを聞いてしまったので、それを全く気にしないというのも難しい。
「今日はちょっと神様と話してこようかなって……今日はほんとに! ホントにそう思ってるから!!」
「……厩舎は外に近く、警備も見直しが必要でしょう。今日のところは外出は控えるのもいいかもしれません」
やったと片手でガッツポーズを取った私の拳を、ルルさんが上からしっかり掴んだ。ルルさんホント手でかい。
「リオ、どうぞあなたのことを心配している者がいることを忘れないでください」
「うん、ルルさんごめんありがとう」
「私だけではありませんよ。長老や巫女たち、厨房の者も皆そうです。物事は急げば良いというわけではありません。あなたが責任を感じる必要もありません」
わかりましたかとルルさんは念を押し、昼も夜も帰りが遅くなったら明日1日はニャニを撫でる日にすると脅し、それから奥神殿へ行く準備をしてくれる。
奥神殿へ繋がる渡り廊下は、私とルルさんしか入ってはいけないエリアらしい。ジュシスカさんとピスクさんは、手を振ると振り返してくれた。
ルルさんが心配性だというのもあるけれど、ここに来てから気遣われ過ぎていて何だか落ち着かない。
さらに念を押すルルさんに何度も頷いてから、私は白い扉の中へと入った。




