真夏の夜の夢4
「ふーさっぱり」
朝から暑い日は、冷たい井戸水で濡らしたタオルでリフレッシュするに限る。
地球時代にブラックすぎて18時間労働とかになってたとき、昼休みの20分間でこっそり体を拭いてリフレッシュしていたのを思い出した。あのときは「よし午後も乗り越えるぞ」とかしか思ってなかったけど、今考えると働きすぎだな。
今はホワイトすぎて光ってるレベルの生活環境だけど、体を拭いたら気分がさっぱりすることは変わらない。もっと暑くなったら水浴びもいいかもしれないなーと思いつつ着替えて顔を出すと、ルルさんが朝食につるつる麺を用意してくれていた。
つるつる麺というのは、つるつるした麺である。どこかの地方で作られる何とかっていう麺だけど、なんかにゅうめんみたいな感じで結構美味しいのだ。喉越しがいいのでうちでは朝ごはんに出てくることが多い。
「おいしそう。ルルさんありがとー」
「味付けはお好みでどうぞ」
「今日は辛いのにしようかな」
向かいあって、朝ごはんをつるつるすする。テーブルの下では具材の茹で鳥を分けてもらったニャニがカフカフ食べていた。
「あ、今日も夢見たよ。昨日と似てるやつ」
「昨日と似てる夢……」
ルルさんが微妙な顔になったので、赤いドレスのルルさんは出ていなかったと訂正しておいた。
ドレスの代わりにバーテン姿になったルルさんがいるバーが出てきたのだ。磨かれた重厚なカウンター、丸くて高さのあるスツール、そしてバーテンの後ろに並ぶお酒。映画やドラマに出てくる感じのバーである。
ルルさんはそこのイケメン店主であり、私はルルさん目当てで店に通っているOLという設定っぽかった。笑顔が眩しいバーテンと私的な話をしようと勇気を振り絞っている私の空間に割り込んできたのは、蝶ネクタイをしたニャニである。短い手足でどうやったのかイスに座り、ニヤァと笑いながらなんか高そうなブランデーを注文するニャニ。そしてカクテルを注文し、こっちにシャッと滑らせてくるニャニ。縦長の瞳孔が流し目でこっちを見て、バーテンルルさんが温かな目でそんな私たちを見守る。
「リオ? 昨日の夢とは随分違ったものだと思いますが」
「違うの違うの。そこからの展開が一緒なの。何この空気ってなった私をヌーちゃんが引っ張って連れ出してくれて、また細い路地に入って、何も書いてない看板の狭いお店に入って、棚を押して床板を剥がすの」
「その剥がしたところには何があったんですか?」
「うーん、わかんない。見たような気もするんだけど覚えてないような、その瞬間に目が覚めちゃったような……」
ヌーちゃんがカリカリと木の板を前脚で掘っていた音は覚えているのに、覗き込んだ先に何があったのかはあやふやだ。
「後半は昨日のと全く一緒だったよ。なんかクルミっぽい感じのパンの匂いとか、路地のカビ臭い感じとか、石畳がちょっと湿ってるとか。大きな鍋の看板も」
「そうですか……」
2日連続で見るなんて、私は路地へのエスケープに何か憧れを抱いているのだろうか。
それにしても蝶ネクタイニャニはどうかと思う。青いワニがニヒルに決めてる横顔とか、なんで私は夢とはいえ作り出せてしまったのか。
悩みながらつるつる食べていると、私の隣のイスがガタガタした。
ニャニが鼻先を上げてイスに襲いかかっている。いや、乗ろうとしているのだろうか。押す力が大きすぎてイスが逃げている。
「……ニャニ、座らなくていいから。ていうか物理的に無理だと思うから。腰痛になるよ」
どうにか鼻先を座面に乗せ、宙ぶらりんになった前脚をジタバタさせていたニャニは、ピタリと動きを止めてしばらく石になったあとズルズルと床に戻っていた。なんか落ち込んでそうなので、背中をタムタムしておく。私が足で背中を軽くタップすると、ニャニはすかさず仰向けになってカフーと息を吐いた。
「ほら、ニャニはブランデーとか飲まない今のニャニが一番だよ。私にカクテル奢るニャニはちょっと無理……いやこう、ね。今のままでいいと思うよ。ねえルルさん」
同意を求めてルルさんを見ると、ルルさんは眉を寄せて何やら考え込んでいた。
「ルルさん? 冷めちゃうよ?」
「リオ」
真剣な顔でルルさんがこっちを見て、そして尋ねた。




