真夏の夜の夢3
「でね、ニャニがぎゃーんってこうチェーンソー……えーと、ノコギリのめちゃくちゃ危ないやつを持ってルルさんを切ろうとしてね、そこでヌーちゃんが現れてね……」
今日の朝ごはん当番は私だ。日本風ピザトーストっぽいものは、薄切りパンにハムとチーズ、ピーマンっぽいの、ケチャップっぽいのを乗せて焼いたルルさんのお気に入りメニューである。ルルさんは朝からそれを4枚食べるので、うちでは計6枚焼くことになる。ちなみに1枚はニャニ用だ。アツアツなので、トーストをもらったニャニはしばらく口を開けっぱなしにしている。パカーンと開けっ放しの口を見るたびに、なんか転んだら足が牙に刺さりそうだなーと思ってしまうのだった。
サクサクとろーりなピザトーストを食べつつ、私は見ていた夢をルルさんに話していた。ルルさんはやっぱりなんともいえない顔になりつつ2枚目のピザトーストを食べている。そろそろ残り2枚も焼こう。
「で、ヌーちゃんと一緒にその棚を押して、そこの床を剥がしたとこで目が覚めたんだよ」
「そうですか。なんというか……不思議な夢ですね」
夢の中とはいえドレスアップさせられたせいか、ルルさんはやんわりとした感想を言った。ブレない精神を持っているルルさんとはいえ、赤いドレスはイヤだったようだ。なんかごめん。
「なんかミョーにリアルだったんだよ。劇場のなんか埃っぽさとか照明の眩しさとか横の人の服とか、二足歩行ニャニの影の感じとか……」
「無意識に故郷を懐かしく思ってたのでは?」
「そうなのかなー。あ、でも外に出たとこはなんかここの街っぽい感じだったかも。石畳だったし。なんかこーんなでっかい鍋の形の看板とかね、サビ具合がリアルだったなー」
「大きな鍋の看板なら、確かに街の鋳物屋が掲げていますね」
「でしょ。いつも行く大通りのとこじゃなかったけど、ああいう看板は地球にはないし」
焼きたてピザトーストをお皿に載せると、ルルさんはお礼を言ってサクサク食べ始めた。真剣な顔をして食べている。そんなに美味しかっただろうか。ありがとうイタリア料理。いやピザトーストは日本料理だろうか。
「そういえば、今日はヌーちゃんがいませんね」
「あ、ほんとだ。いつも食べ物の気配で素早くやってくるのに。珍しいね」
ご飯の準備ができるといつも私の袖からボッと飛び出してくるヌーちゃんが、今日は出てこない。食べ物を横取りされがちなニャニもゆっくりとピザトーストを噛み締めていた。
「またどっかで水浴びしてるのかな。溺れてないといいけど」
「バクは神獣ですから、溺れることはないですよ」
「でもヌーちゃん泳いでても沈んでるよね? あれ手足動かしてる意味ある?」
泳げないのに泳ぐのが好きなヌーちゃんについて話しながら、私とルルさんは朝食を終えた。テーブルの下でズリズリと動いていたニャニは、片付けのときに覗き込むと両手を微妙に浮かせて足をジタバタさせていたようだ。どうやら二足歩行を試みていたらしい。もちろんお腹と尻尾がしっかり床についているせいで、ただジタバタしているだけになっていた。
ニャニが二足歩行したら猟奇的な牙との距離が近くなるので、現実のニャニが立てるタイプじゃなくて本当によかった。
「ニャニ、できないことは無理してやらなくていいんだよ。ていうかやるべきじゃないと思うよ。ほら、ニャニはこの体勢だから私もなんとかやっていけてるわけだし……ね。四足歩行のニャニが1番いいと思うよ」
説得するとニャニは大人しくなり、ニタァ……と牙をチラつかせつつ片手を上げる。そしてドタバタと激しく走り去っていった。尻尾が当たってテーブルが揺れたので、片付け途中のルルさんが僅かに片眉を上げている。
二足歩行よりはマシだけど、欲を言うと走るのもやめてほしい。怖いから。
それから私はルルさんと買い物に行き、夏服を揃えたり市場で野菜を買ったり見回りの神殿騎士の人たちと挨拶をしたりして、その日もいつも通りに終わった。




