真夏の夜の夢2
小さな劇場でぎゅうぎゅうのパイプ椅子のひとつに座って、私は暗い舞台を見上げていた。やがて幕が上がり、チャララ〜ラララ〜とスピーカーから音が流れ始める。
スポットライトに照らされながら出てきたのはニャニだ。ニャニはなぜか二足歩行をしている。首にはニムルの首飾りを掛け、短い前脚は両方バンザイをするように上げ、右足をペタッと出しては左足をペタッと引き寄せるカニ歩きで舞台上へと出てきた。
満員のお客は歓声と拍手で眩しく照らされている青いワニを出迎えている。
なにこれ。
ただ舞台に上がってきただけなのにスタンディングオベーション、指笛とハラショーがあちこちから投げかけられ、そしてカラフルな紙吹雪が舞っている。座っていると観客の背中で舞台が見えなくなったので私も立つと、舞台中央に立つニャニの他に、端の方で巨大な霊獣ゾウが鼻先に持ったバチで器用にドラムロールを響かせていた。
ダララララ……デーン!
音と共に、ニャニがノタノタ動いて、黒子が持ってきた何かの上の布を取る。赤いサテンの布を取ったそこには、縦に細長い鉄格子に入ったルルさんだった。ルルさんは赤いセクシーなドレスを着ている。
「えぇ……」
筋肉美が見え隠れするドレスを身に纏ったルルさんは、鉄格子を握って頑丈であることを客にアピールする。その横でニャニは黒子からチェーンソーを受け取り、ドゥルルンドゥルルルンとエンジンをかけ始めた。
ちょっと待って。
普通、切断マジックって見えない箱に入れてからやるのが普通では。ていうか、鉄格子にチェーンソーは危ないのでは。ていうか、なんでニャニがマジシャン。ルルさんがアシスタント。
不安すぎる展開を見守っていると、いきなりスカートの裾をグイグイと引っ張られた。見ると、足元にヌーちゃんがいる。ヌーちゃんは私のスカートをグイグイ引っ張りながら、そのまま観客の足元を歩いて行こうとした。
「ヌーちゃん待って、ちょっとすいません」
熱狂的なニャニファンの間をどうにかこうにか通り抜けて通路に出る。ドアを開けて廊下に出ると、歓声は静かになった。ヌーちゃんは小さな手足をててててと小刻みに動かしてさらに進み、スカートの裾を引っ張られている私もそれについていくしかない。
ここはどこなんだろう。
なんか小さいライブ会場みたいな感じだけど、ライブとか今まで行ったことがないのでよくわからない。黒地に青いニャニが印刷されているスタッフTシャツを着た人たちとすれ違い、楽屋が並んでいるっぽい廊下に出た。
ヌーちゃんはあの奇想天外なマジックショーを止めに来たんだろうか。
そう思ったけれど、ヌーちゃんはそこもスルーして廊下をまっすぐ進む。するとドアがあり、出るとそこは外だった。
路地だ。建物に挟まれた隙間に作ったような、歪で狭くて湿っている路地。カビ臭い空気の中に、わずかにパン屋の匂いがする。鍋の形の大きな看板がかかっている路地を進んでいくと、ドアのない戸口に立っている怪しい人影や、割れたガラスを紙で補修した窓などがあった。あんまり治安はよくなさそうだ。
その路地を進み、何も書いていない看板がある店へと辿り着く。その中に入っていくヌーちゃんを追いかけていくと、狭い部屋にはボロボロのテーブルセットと割れた酒瓶と何かを入れた大きな棚があった。
ヌーちゃんはその棚の前に立つ。いつものようにそれを食べるのではなく、小さい前脚で押し始めた。
「これ押すの?」
例え小さい棚であっても、小型犬サイズのヌーちゃんが押すには大きすぎる。私も一緒になって棚を押すと、その大きくて重い棚はじわじわと動いた。ヌーちゃんは棚で塞がれていた床をカリカリと掘り始める。
木の板を剥がしてみると、暗い空間が広がっていた。ヌーちゃんと一緒にそこを覗き込んだ瞬間。
「……リオ?」
間近にいるルルさんと目が合った。
「なんだか眉を寄せていましたが、悪夢でも?」
「…………うーん、なんかめちゃくちゃ変な夢を見た気がする」
カーテンの隙間から朝日が差し込み、ルルさんがそっと私の背中を起こした。
既に着替えて身だしなみばっちりなルルさんを見つめる。
「……ルルさん」
「はい、リオ」
「ルルさんって意外と赤いドレスが似合うんだね」
爽やかな夏の朝の空気の中で、ルルさんはなんともいえない表情になった。




