真夏の夜の夢1
エルフの国は、夏は結構暑い。
神殿の奥深く、しっかりした分厚い石の壁で囲まれた部屋ならまだしも、普通の街にある普通の部屋だと、風のない夏の夜はやっぱり、ちょっと寝苦しいと思うくらいには暑い。
「ルルさんや」
「はい」
「もうちょっとそっち行ってくれない?」
「嫌です」
どんなときもはっきりNOを言える、それが私の夫になった人だ。普段はだいぶ頼もしい。
でも今はむしろイエスマンになってほしかった。
「いやイヤとかじゃないでしょ! 暑いの! あとそっち側で寝たい窓が近いから!」
「しかしリオは寝ぼけてベッドから転げ落ちようとしますから。現に昨日も壁に手をぶつけていたでしょう?」
「暑いからだよ。私がベッドの端へ端へ行くのは誰かさんがくっついてきて暑いからなんだよルルさん」
この街の家を全部見て回ったわけじゃないけど、一般的に見て、うちは結構広い家だと思う。ルルさんが長年貯めっぱなしにしていた神殿騎士のお給料を惜しみなく使ったおかげでリビングもお風呂も広々、そしてベッドも広々だ。
特に、ここはベッドをかなり広く取る文化が根付いている。寝室の半分がベッドという構成も珍しくなく、うちもご多分に漏れず広々ベッドである。
だというのに、なぜいつもセミダブルかと思うくらいの領域でしか寝られないのか。答えは明白、ルルさんがいるからだ。
「ルルさんほら見て。ここね、全部ベッドだから。ルルさんはちょっとわからないかもしれないけど、このベッド、私の前住んでた部屋と同じくらいのサイズだからね。めっちゃ広いからこのベッド」
「リオ……苦労したのですね」
「いやそこじゃなくてね。とにかく、この広いベッドのどこで寝てもいいんだから。ルルさんそっち、私こっち、風通しよく快眠して夏バテ防止で元気に乗り越えよう」
「リオは寂しくないのですか?」
ルルさんがちょっと眉尻を下げてじっとこちらを見てくる。いつも堂々としていてにこにこなルルさんが困った顔をするのは珍しかった。例え策略だとわかっていても、そんな目で見つめられると良心がちょっと痛む。
「いや寂しくないよ! 近いもん! 手を伸ばせばすぐだよ! ルルさん見てほら!大の字になったら手が届くから!」
ゴロンと寝転がってアピールしてみると、ルルさんも寝転がった。私のそばに。大の字に伸ばした私の手を下敷きにしないよう、丁寧に持ち上げてから。
いや違うし。
寝転んですぐはそうでもないけど、ずっとくっついてるとじんわり暑くなるのだ。特に気温が上がったここ3日ほどは地味に暑かった。
無言でルルさんを押しやろうとするけれど、背が高く体幹も強いルルさんは寝転がっていたところでびくともしない。仕方ないから両手を突っ張ったままで無言の主張をしてみる。ルルさんが手を握ってきたので、ぺいっと払っておいた。
「リオ。一晩中扇ぎますから一緒に眠りましょう」
「いやルルさんも寝てよ。それ私が超鬼嫁じゃん」
寝苦しいからそちは扇いでおれとか、王様がやっても下手したら反乱起きると思う。
確かにルルさんはうちわで心地良い風を作るのが上手い。だからといって、徹夜で扇がせたいほどではない。ルルさんは時々神殿騎士の仕事のヘルプに行ってるので、徹夜で行ってなんか怪我とかしたらイヤだし。
そう主張すると、ルルさんは溜息を吐いた。
「実は、夏に合わせて涼しい寝具を頼んでいるのですが、それが仕立て上がるまでもう少しかかりそうなんです」
「あ、そうなんだ。今年は例年よりちょっと暑いとか聞くもんね」
「はい。リオと離れるのは寂しいですが……リオがそこまで嫌がるなら、それまでは別々に寝ることになりそうですね」
「あのールルさーん? そんな切ない顔しないでくれるかなー? 同じベッドに寝てるんですけどー?」
ルルさんの「別々に寝る」の定義は、50センチ以上の距離があることのようだ。
寝苦しいのはご勘弁願いたいので悲しい顔をされても私は距離を取りたいけれど、本音をいうと、人目のないところだと遠慮なくいちゃついてくるルルさんも嫌いではない。神様にお願いしてクーラーを導入したいと思っているくらいには私もルルさんと寝るのは好きなのだ。つまり夏が全面的に悪い。頑固なルルさんはちょっとだけ悪い。
「涼しいのが届いたらまた一緒に寝ようね。今も一緒のベッドだけど」
「ええ。それまでは涙をのんで我慢します」
「すぐ近くにいるけどね」
「眠るまで手を繋いでいてもいいですか? 扇ぎますから」
「手ならいいよ。あと扇ぐのも寝るまでだよ。一晩中はダメだよ」
普段頼もしくてどっしり構えているルルさんは、私にだけ甘えてくる。それもルルさんの好きなところのひとつなので、私も手を差し出してルルさんの手を握ってしまった。
ルルさんの手は年中安定して温かい。今の季節はちょっと暑いけど、ルルさんがいい感じに風を送ってくれたので気にならなかった。
やっぱりくっついてないと涼しい。部屋の外でニャニがズルズル歩く音が響く中、私はすぐに夢の世界へと落ちていったのだった。




