雨に唄えば14
一面の空だ。
少しずつ日が沈んで赤くなっていくグラデーションの空に浮かぶ、幻想的な雲の陰影。遠くを横切る一対の鳥の影。絵画のような美しい風景にさっと風が吹くと、心地よい風に揺れてその半分が揺らめいた。
「うわー……」
見渡す限りの光景に水面が広がっていて、それが鏡になって空の美しさを目一杯映していた。雲が高いところにあるから、それが映った水面にも無限の空間があるように見える。白くて平たい飛び石と水面がほぼ同じところにあるので、歩くとその空の中に足を踏み入れているみたいだった。
「きれい」
風景が壮大で美しすぎて、なんか胸がギュッと締め付けられるような感じがする。高いところで刻一刻と形を変えている雲や、少しずつ色を変えていく空の色が本当に美しくて、時間を止めて瞬間瞬間をずっと見ていたいような、この変化の中にずっと浸っていたいような不思議な気持ちになった。
「ルルさん、すっごく綺麗だね……」
「絶景でしょう? 水が引きかけたときにだけ見られる景色なんです。雨が多かったので残り水も濁るかと思ったのですが、綺麗に澄んでくれてよかった」
ルルさんが微笑んで、足を踏み外しそうな私に次の飛び石を教えてくれる。夕日の反射に隠れて見えにくい飛び石を踏むと、そこを中心にして水が波紋を広げていくのがまた楽しい。
「キピルトーに誘われたとき、この風景をあなたと見たいと思ったんです。気に入ってくれてよかった」
「ルルさん……」
隣に立つルルさんを見上げると、金色の髪が夕焼けを弾いてきらきらと虹色に反射していた。赤い空を映して柔らかい色になった瞳が、優しい眼差しでこっちを見ている。
一枚の絵になりそうなルルさんの美しさと優しさで、またなんだか胸が切なくなった。
ルルさんは、私の何倍も長い時間を生きてきた。その中で見た綺麗なものや美味しいもの、楽しいことを、私にも体験させようとしてくれる。ルルさんの長い過去に私は存在していないけれど、そうやって思ってくれることで、ルルさんの過去にちょっと触れられるような気がしていつも嬉しくなるのだ。
「ルルさんありがとう。好き」
「私もリオを愛しています」
ぎゅっと抱き着くと、ルルさんが抱きしめ返してくれた。
この綺麗な景色も、ルルさんが一緒にいるから世界一綺麗な景色だと思う気がする。ルルさんに抱きつきながら沈みゆく夕焼けを眺めて私はそう思った。
これから先の長い人生で今日のこの瞬間のことを思い出して話せるように、この綺麗な景色を目に焼き付けておこう。
「……ん?」
空を映している広い水面が風がないのにゆらりと動く。
一度消えたそのゆらめきは、しばらくして大きな飛沫となって目の前で弾けた。
「ウワアアアアアッ!!!」
シャアアアァッ!! と激しい音を立てながら出てきた水柱、いや、ニャニは、普段の倍の大きさの影になっていた。
すぐ近くの飛び石にバッシャーンと着地して、派手に飛沫を撒き散らす。
景色が半分掻き消えるほど激しい飛沫がおさまらないのは、ニャニが咥えている「それ」が大暴れしているせいだった。
「ニャニィ魚デカ過ぎー!!!」
「何?! 神獣ニャニですと?!」
「神獣ニャニが!! 神獣ニャニがおいでになったぞーッ!!!」
「巨大な魚をお持ちでいらっしゃるぞ!! 早くお手伝いせねば!!」
自分の体長とそう変わらない魚の首元を咥えたニャニがズリズリと近付いてくるので、私は慌てて足を踏み外し水溜りに膝まで突っ込むことになった。ニャニはルルさんに軽く怒られ、そして神官たちに大歓迎され、咥えていた巨大魚はお別れの晩餐のメインディッシュとなったのだった。鯛みたいな味で結構美味しかった。
「ニャニ、あんな登場の仕方したらビビるでしょうが!! あとあの魚なにどこで捕まえてきたの怖いんですけど!! 美味しかったけど!」
大きな切り身をバクッと食べたニャニは、ニタァ……と笑って片手を上げるのみ。
「神獣ニャニが我々のために大きな魚を!」
「これは壁画にすべきだ!!」
盛り上がっている宴会の席で、ルルさんは「この辺にあの大きさの魚はいないはずですが……」と小さく首を傾げていた。
もしかしたらあれは川のヌシとか雨のヌシとかで、ニャニがあれを捕まえたから雨が収まったんだったりして……と帰り道でちょっと思ったのはたぶん私の気のせいである。たぶん。




