雨に唄えば13
雨が止んでも、すぐに水が引くわけじゃない。ルルさんが神殿の人たちと相談しながら慎重に出発の日を決めた。
「明日の朝かー」
着替えを畳んでバッグの中に入れると、シャツの中がムクッと膨らんでヌーちゃんが出てきた。カリカリとよじ登って外に転げ出ると、小さい鼻をフンフンさせながら近くの包みに直進していく。
「ヌーちゃんそれ神殿のみんなへのお土産だから。おやつじゃないから」
ふわふわのヌーちゃんを捕まえると、キッと文句を言われた。食わせろと言いたげに手をやんわり甘噛みしたりペロペロしたりしてくる。
「それはほら、みんなに配った後におねだりして分けてもらうといいよ。今はこっち食べなよ」
炒り豆を勧めると、ヌーちゃんはこっちを見上げてキッと鳴いてから食べ始めた。あんまりガツガツ食べていないので、今は炒り豆の気分じゃなかったようだ。ツンツン生えている黒い羽根を寝かせるように撫でてから、荷造りを進める。
大雨は止んだけれど、キピルトーの街はときどきごく軽い通り雨が通り過ぎていた。そういうときは、窓の外からぱらぱらっと軽い音が聞こえてきていてちょっとした音楽みたいに聞こえて楽しい。
「リオ、少しよろしいですか?」
「よろしいよー」
神殿のみんなへのお土産を厳重に包んでいると、馬車や馬の具合を見ていたルルさんが戻ってきた。入り口近くに置いてあった靴を持ってきてくれたので、外に出かけるようだ。
ヌーちゃんにお土産を食べないように念を押してから、手を繋いで廊下を歩く。
「ルルさん、どこ行くの?」
「すぐそこまで」
「ニャニ、まだ帰ってこないねえ」
「近くにいる気はするんですが」
てくてく歩いてニャニラトテフ神殿の方へ行くと、祈りの間で神官の人たちが一心不乱に祈りを捧げているのが見えた。この世界のお祈りはかなりユニークというか、決まった動きがないのでそれぞれ全く違った動きや音を出しているけれど、ここの神殿の人たちはなんだか心がひとつになっているような気がする。
神獣ニャニ、どうぞお姿をお見せください。
なんかそういう念がこっちまで伝わってきている気がした。
「ニャニ、愛されてるよね」
「ええ。キピルトーは水害が多いせいか、ニャニに助けられた人が多いからかもしれませんね」
「だからかー。ニャニ、けっこう良いことしてるんだね」
日常のお祈りやらには出てこないけれど、子供が溺れたりなんかするとどこからか現れて助け、背中に乗せて親御さんのところに届けたりするようだ。確かに、命の恩人だったら神殿で拝んでもおかしくないかもしれない。例え鮮やかな青色をした物騒なワニというビジュアルだったとしても。
「そういえば神官長が、リオとニャニの姿を新たに壁画に加えたいと言っていましたよ」
「えっ。私はいらなくない? ここの壁がニャニばっかりじゃん」
「ニャニが懐いている人として描くことで、ニャニを神殿に呼び寄せられるようにと」
「私の壁画作ったところでニャニ見にくると思う? もうニャニに直接頼み込んだ方が早くない?」
ニャニラトテフ神殿の施設内の壁は、ほぼ全部にニャニが彫られている。そして鮮やかな色でそれが塗られているので、ニャニの存在感が半端ないのだ。川辺に佇むニャニとか、陽気に歩くニャニとか結構リアルなのでパッと見怖い。ちなみに毎年塗り直しているらしい。
そこに私の姿も入るとか、壁画でもニャニに見つめられる生活になりそうだ。
「さあ、こちらへ」
色んな壁画をてくてく通り過ぎて、裏口の方へ出る。ルルさんに勧められて外に出ると、そこには絶景が広がっていた。




