雨に唄えば10
「ちょっとニャニ。危ないんだけど。私作業してるんだけど」
土まみれになったニャニが右手を上げる。
「みんなで頑張ってるんだから邪魔しちゃダメでしょ。いや、私が1回掘る分と同じくらい砂利崩してるけど……いや私も掘るリズムとかあるから」
ニャニが右手を下ろし、左手を上げる。
「大体ニャニ、神獣パワーでこの大雨なんとかできないの?」
手前の砂利を運び出し終わったルルさんが、ニャニを私の横に引っ張って移動させる。
「ほら、なんかこう……なんかすごい力とかで」
ニャニが私の足の甲に土まみれの前足を置こうと試みる。
「ニャニならできるんじゃない? いやできるよ。ほら、ニャニはなんかこうすごいもんね。よくわかんないけど。だからきっと雨も止むよ。なんかやってみて。外で」
ニャニがニタァ……と口を開ける。
ニャニと程よく距離を取りつつ、私はしゃがんでニャニを説得してみた。爬虫類独特の物騒な目がキロキロ動くのに注意しつつ、ゴツゴツした鼻筋をほんのちょっと撫でる。
「ほら、神殿の人たちも毎日ニャニに一生懸命祈りを捧げてるんだよ。ここはひとついいとこ見せてあげたら喜ぶんじゃないかなー。ニャニならなんかできるんじゃないかなー。見たいなー、勇姿」
じわじわと口を閉じたニャニは、片手を上げたまま静止する。そのまま眺めていると、ニャニはいきなりシャアアアァッ!! と牙を剥き倉庫の外に向かって猛烈に走り始めた。振り向きざまビターンと尻尾を打ち付けられた砂利山がザッと手前に崩れる。
「うわ怖ッ!!!」
思わず尻餅をついて見送る。外で作業している人が口々に「うわなんだ今の?!」「し、神獣ニャニが荒ぶっておられるぞー!!」「神獣ニャニーッ!」「どちらへー!!」と驚いている。上げている声があっという間に遠くなるところから察するに、あの見掛けからは想像できない全速力でダバダバ走っていったようだ。
最後に「神獣ニャニが流れに飛び込んだぞー!」と聞こえたころ、私はルルさんに手を差し伸べられて起き上がった。
「ほらリオ、遊んでいないでもう少し頑張りましょう」
「私サボってたわけじゃないんですけど?!」
ニャニのせいでとんだ濡れ衣である。
汚名返上のため、私は引き続き砂利山崩しの仕事を頑張った。ニャニという邪魔者がいなくなったので心置きなく砂利にシャベルを突き刺すことができたせいで、あとルルさんが半分くらい手伝ってくれたおかげで、倉庫に積んであった砂利は全て土嚢袋へと入れられた。その土嚢袋は順番に並べられ、ニャニの神殿やら普通の神殿やら私たちの宿泊施設やら一帯をぐるりと取り囲む。まだ一段並べられただけだけれど、砂利の倉庫は他にまだあるようだ。
「お疲れ様でした、リオ」
「疲れた……ほんとに疲れた……主に腰と裏ももそして腕が疲れた……」
作業が終わってから大きな鍋で作られた料理をみんなで食べ、そしてお風呂に入り、私はベッドに倒れ込んだ。
もう1歩だって動けない。ちゃっかりごはんのときだけ出てきてたヌーちゃんが投げ出された私の手のひらにぎゅぎゅっと体を押し付けてまったりしているけれど、それを撫でるのも億劫なくらいに疲れていた。
すごく疲れた。
けど、おかげであれこれ考え込んだりしなかった気がする。
ひたすら目の前のことにだけ集中して体を動かしていたら、余計なことは考えられなくなるようだ。今は体を動かしてないけれど、今度は疲れと眠気で思考力がゼロになっている。
ルルさん、これを狙ってキツめの仕事を回してくれたのかな。
「リオ? もう眠いですか?」
「うん……」
「では少し早いですが寝ましょうか。手足を軽く揉んでおきますから、そのまま眠っていてください。きっと明日は体が軽いはずですよ」
「ありがとー……」
私の瞼はすぐに閉じた……けど、またすぐに開くことになった。
ルルさんのゴッドハンドがグリグリと私のツボを刺激しまくったからである。手足どころか首肩腰まで満遍なく、そして念入りに揉んでくれたルルさんのおかげで私は痛みに悶え苦しむこととなった。ちなみに翌日はちゃんとスッキリ元気になった。




