雨に唄えば6
「ルルさん今日も出かけるの?」
ギザギザした背中を踏ませようとするニャニを避けつつ近寄ると、剣を腰に付けていたルルさんが頷いた。
「はい。申し訳ありませんが」
「なら私はあっちの神殿で子供たちと遊んでるね。お昼には帰ってくる?」
「そうですね。それほど時間はかかりませんから」
「じゃあまたお昼にー」
「もう行くのですか?」
「うん。ルルさん仕事頑張ってね!」
私が手を振ると、後ろをついてきたニャニも左前足を上げてニタァと挨拶していた。
いつもは朝ごはんを食べたあとしばらくゆっくりするけれど、今日はすぐに出かけることにしたのだ。ルルさんがいないうちに色々と聞き込み調査をしようと思っているからである。
相変わらず湿気はすごいけどまだ涼しい空気の中、小さい方の神殿に向かって渡り廊下をぺたぺたズルズルと移動する。
「……ニャニも一緒に来るの?」
立ち止まって尋ねると、ニャニは片手を上げた。
「あっちの神殿行ってあげたら? 神官の人たち待ってるよ」
ニャニは片手を下げた。
「大体、この神殿に滅多に姿を現さないってどうかと思うよ。ここの人たちみんなニャニ大好きじゃん」
ニャニはニヤァと口を開けた。
「もっと頻繁に会いに行ってあげなよ。おやついっぱいくれるよ」
ニャニはバクン……と口を閉じた。
どこを見つめているのかわからないニャニの縦長の瞳孔からは、相変わらず何を考えているかはわからない。しかし説得を続けているとニャニが突然シャッと動き、私の足首と足首の間に鼻先を突っ込んで私の寿命を3年ほど縮めたので、私はニャニを裏返しにして置いていくことにした。そのうちニャニファンな神官の皆さんが見つけてくれるだろう。
「おはよー遊びにきたよー」
「あっリオちゃんきた!」
「リオちゃんおはよー!」
朝から元気な子供たちが歓迎してくれた。わいわいと部屋に入れてくれたけれど、中学生くらいの子がちょっと申し訳なさそうな顔をしている。
「あの、僕たちはこれからこの蔓をほぐす作業があるので、遊べないんですけど……」
「アッなんかすいません、手伝います」
立派な大人な私の方が、遊びをねだって邪魔をしている立場になろうとは。私は反省して、一緒に作業をすることにした。
濃い緑色の細長い茎から葉っぱを取って、加工しやすいように細く裂いていく。教えられながらやってみると、見た目は柔らかそうだけれど意外と繊維がしっかりしていた。慣れていて作業の早い子供たちに負けないよう頑張っていると指先に切り傷を作ってしまい、繊維を裂く係から葉っぱを取る係への移動を言い渡される。
プチプチと葉っぱを根元から取り、小さい子たちに渡す。取った葉っぱは大きな壺に入れていた。発酵させたら鮮やかな色に変わるので、インテリアを彩るための染料を作るようだ。
量は多いけれど作業は簡単なので、みんなでわいわい喋りながら仕事をしている。
「あのさ、この雨っていつもよりも長く降ってると思う?」
訊いてみると、子供たちはみんな頷いた。
「いつもはね、ときどき晴れるの」
「あめはいっぱいだけど、こんなにいっぱいじゃないのよ?」
「量も多くて、神官さまが心配って」
どこが大丈夫なんだい、ルルさんや。
ちょっと訊いただけでも、いつもよりもすごい豪雨だということが判明してしまったではないか。
私が葉っぱをプチプチ取りながら心の中で呟いていると、中学生くらいの子が小さな子たちを宥めた。
「確かに雨続きですけど、救世主様が助けてくれる前の大雨よりはひどくないです。元々この土地は50年単位でこういう雨が特にひどい年がありますから。前の大雨は僕も幼いときなのであまり覚えてないのですが、その時はもっと大変なことになってました。今年もそのひどい年かもしれませんが、木々が増えて洪水が減ったので楽な方です」
「そ、そっか……」
数百年とか余裕で生きるエルフにしたら「しばしば起こる」くらいの認識かも知れないけれど、人間の寿命から考えたら未曾有の災害とか言われてもおかしくないくらいのレベルなんじゃないだろうか。
そして中学生くらいだと思ってた子は、私よりも随分年上の方だったようだ。エルフの年齢は分かりにくくて困る。
ぷちぷちしながら考えていると、小さな手が私の袖を引っ張った。
「ねー、救世主さまだったら、この雨止められる?」
「エッ」
「救世主さまのお祈りで天気が元に戻るって。リオちゃんお祈りしたら晴れになる?」
「え、えーと……」
ピュアな目で見上げられて答えに窮した私の方に、ポンと手が置かれた。
振り向くとルルさんがいる。
ついでに部屋の入り口のところに、仰向けでジタバタしながら進むニャニが半分見えていた。




