雨に唄えば3
「あ、あそこなんか詰まってる」
土砂降りに挟まれた渡り廊下。
地面より3段高くなったその廊下の終わりのところで、雨樋から流れた水が通るはずの溝が溢れていた。
黒い布みたいなのが詰め込まれている。
「ん? あれ……」
「バクですね」
「ぬぬぬヌーちゃんー!!」
布じゃなく、動物だった。
溝にすっぽりハマるようにして水を堰き止めていたのはヌーちゃんである。黒くてふわふわな毛もランダムに刺したような黒い羽根も、濡れてひとかたまりになっている。慌てて溝に手を突っ込んで持ち上げると、水が溢れていた溝はゴポッと音を立てて流れ始めた。
溝に手を伸ばすと大きくて大量の雨粒が肌に当たったけれど、すぐに止む。見上げるとルルさんがマントで屋根を作ってくれていた。
「リオ、風邪を引きます」
「あ、ごめん。ありがとうルルさん。ヌーちゃん生きてるかな」
「神獣ですから。早く屋根の中へ」
いちおうニャニと並んで神獣とされているバクだけれど、ヌーちゃんは日々食べるのが仕事みたいな生活を送っている。ポテチと水浴びが大好きな小動物だ。
落ちてくる水を浴びるのが好きなので、雨樋から落ちる水を求めて溝に入っていたのだろう。ビッチャビチャな黒い毛皮を押さえるように絞ると、お腹が呼吸で動いているのがわかってホッとした。
「おお、それが神獣ニャニと共に救世主リオ様に付き従っているという神獣バクですか!」
「いや付き従ってはいないんだけど、ヌーちゃんはオヤツ目当てによく出てきますね」
「ヌーちゃん……神獣ニャニの愛らしさには敵いませんが、神獣バクも魅力的な存在です」
「愛らしさ……???」
だらんと力を抜いて運ばれるがままになっている青ワニや、ビチャビチャで使い古した雑巾の塊みたいになっているヌーちゃんを見てポジティブな感想を述べられるあたり、さすが厳しい修行を積み重ねた神官だ。
しっかり水を含んだヌーちゃんを私が絞り、一瞬で濡れてしまった私の前髪にルルさんがハンカチを当てながら、私たちは神殿へと到着した。ニャニを待ち侘びていた神官のおじさんたちが、私たちの様子を見てタオルを持ってきてくれる。
「神獣バクがこれほど濡れて……気付かずにいて申し訳ない。風邪を引かなければよいが」
「ヌーちゃんは水浴び大好きなので大丈夫ですよ。いつも泉に入って沈んでたりするし」
「布を敷きましたので、こちらの台の上にお乗せください」
バクはバクで神出鬼没な存在なので、神官の人たちが慌てながらも丁寧にヌーちゃんを乾かす手伝いをしてくれた。ニャニじゃなくても神獣は大切な存在らしい。
これが中央神殿だと「タオルどうぞ」で終わる場面だ。ヌーちゃんは割とフリーダムに水浴びをするので、見慣れた人たちは心配もしなくなっている。
「ヌーちゃんほら顔も拭かせてね〜かわいいねー」
「あぁッ!! 神獣ニャニが突然乱心なされた!!」
「神獣ニャニ!! そちらは外、雨でございます!!」
キッと文句を言うヌーちゃんを宥めながらタオルに水を吸わせていると、なんか騒がしくなった。そのままヌーちゃんを拭いていると、足の甲にぺたむと湿ったものが乗る。
「……」
「……」
見下ろすと、ビチャビチャに濡れたニャニが私の足に前足を乗せ、ニタァ……と牙を見せつけてきた。
私は新しいタオルを手に取る。
「はい、おじさん」
「え、救世主リオ様、何を」
「ニャニ拭いてあげて」
「私めにその役割を託して下さると……?」
「託します託します。ほらどうぞ。みんなで寄ってたかって拭いてあげて」
タオルをどんどん渡すと、ニャニは嬉しそうな神官にうやうやしく持ち上げられてタオルまみれにされていた。短い手足が動こうとしているけれど、大人数で囲まれて持ち上げられているので徒労に終わっている。めでたしめでたし。
「リオ、少し服が湿っています。着替えた方がいいかと」
「袖だけだし大丈夫だよ。汚れてないのに洗濯したらなんかもったいないし。あと乾きにくそうだし」
「乾燥室がありますから着替えは心配ありません」
ヌーちゃんをふかふかに戻している間に、ルルさんの過保護モードが発動していた。着替えでなくお風呂も勧めようとしてくる。流石にちょっと雨に濡れた程度で風邪とか引かないというのをそろそろ理解してほしいものだ。
結局、私たちは泊まっている建物の方へと先に戻ることにした。神殿の方が空間が広く風通しがいいため、冷えるといけないからというルルさんの提案がゴリ押しされた形である。
ふわふわに戻ったヌーちゃんは、ピカピカに磨かれたニャニを讃える礼拝を見学していくらしい。豊富に用意されたお供えでお腹を満たそうと企んでいるのだろう。
「別に平気なのに。ニャニを讃える踊り見たかったのに」
「また明日も見られますから。リオ、乾燥室を見に行きませんか? 面白いものがありますよ」
「行こう。面白いもの見よう」
乾燥室は、暖炉があってとても暑かった。そして暖炉の前にものすごくでかい葉っぱで作られたものすごくでかい扇風機の羽根みたいなのがあった。人力でそれを回して洗濯物に風を送っているらしい。葉っぱ一枚が私の身長くらいあるので、なかなか迫力があって面白い。眺めているうちに私もすっかり乾いたのでルルさんも満足気だった。
扇風機回し係の女の子たちが、水の入ったコップを私たちにも渡してくれた。
「ありがとう。暑いし重そうだし大変なお仕事だね」
「動かし始めは重いのですが、はずみがつくとそうでもないです!」
「これからの時期は大変だけど、雨のないときはおやすみできてらくちんです!」
「あ、そうなんだ」
「はい! 風がいっぱい吹きますから!」
「晴れの日は気持ちいいですよ!」
「だって、ルルさん。晴れるといいねえ」
水を飲み干したルルさんが微笑んで頷く。
「そうですね。今は雨で見えませんが、ニャニラトテフ神殿の裏は晴れると絶景ですよ。有名な画家は皆キピルトーで腕を磨いたともいいますから」
「へぇー! そんな綺麗なんだ。楽しみだねえ」
「リオ様きっと気に入ります!」
「神獣ニャニもきっと気に入ります!」
地元の子からしてもオススメな風景らしい。
これはぜひ見て帰らねば。
他にもオススメスポットやマストバイ土産なんかを教えてもらい、私とルルさんは晴れの日にやりたいことをあれこれと計画した。
しかし、待ち望んでいた日は全然来なかったのである。




