ノリノリで歌いたいのにドア窓が気になってしまう5
「シーリースの民の中で、噂が流れているようです。“我々の救世主を、エルフたちが奪った”と」
「穏やかじゃないねえ」
「シーリースは特に災いが色濃く残っています。そもそもシーリースのものだと言われれば、民は返してほしいと願うでしょう」
「そりゃ怪しくても嘘くさくても信じるよね」
異世界人召喚は禁術でしょうがとかそういうツッコミは、生活の危機の前には二の次になるだろう。悪いことだとわかっていても、もう喚んだんだからとりあえず来いよとなるかもしれない。正義が自分たちにあると思えば、行動も起こしやすいだろう。
「先程騒いでいたのは、神殿で働く人間でした。祖国を救ってほしいと救世主様に嘆願したかったそうです」
「なるほどぉ……」
この神殿は、生活苦からこの国へ逃げてきた人間も多く雇っているらしい。
ほとんどの人は地方から祈りに訪れる人々の世話などの仕事で、そういう仕事の人は巫女や奥神殿に近いこのエリアには訪れないように言われている。さっきはそれを破ってまでお願いしに来た人がいて騒ぎになっちゃったらしい。
その人は神殿の警護をする人たちに囲まれると、特に暴れることもなく連れ出されたそうだ。ルルさんを追ってきた人たちは、それを報告しにきたらしい。たしかに警備員とかやってそうな体格だった。
ルルさんは耳がいいのか、私にはその騒ぎが聞こえていなかった。だからどんな風に言っていたのかは聞こえなかったけれど、やっちゃダメなことをやっちゃうくらい切羽詰まっていたのだろう。武器を持って戦ったわけでもないのだから、本当に嘆願しにきたのだ。正義を信じている人なのかもしれない。頼んで、私が頷いてシーリースに行くと希望を持っていたのかもしれない。
「リオ、シーリースへ行くべきではないかと悩むことはどうかおやめくださいますように」
「……ルルさん、エスパー?」
私が歌う場所の近くほど、神様の力は行き渡りやすい。だからちょっとシーリースに行って、いい感じにヒトカラできそうな場所を貸してもらったらせめてまともな人たちが変な気を起こさないくらいまでには土地が豊かになるのではないかと思ったのだけれど。
顔を上げた先のルルさんは、思った以上に険しい顔をしていた。
「マキルカから見てシーリースを挟んだ向こう側に、サディルヒという国があります」
「う、うん」
「先日、その国から中央神殿へと使者が来ました。救世主の尊い行いに感謝を捧げると。実った果実を荷車いっぱいに載せて」
「それは……ありがたいねえ」
「使者はリオが祈りを始めて3日目に発ったそうです」
即効性がすごい。神様、効くなぁ〜。
「さすがにそれほど早く神殿に供物を届けに来たのはサディルヒだけですが、他の国からも地が蘇ったと連絡が入っています」
「えっと、じゃあ人間の土地も大体は良い感じに戻ってるってこと?」
「ええ、シーリース以外は」
「なんでやねん。一番近い国なのに」
もっと豊かにしたいがためにシーリースが欲張っているのかと思ったらそうじゃなかったでござる。
周りの国もどんどん緑が豊かになっていっている中で自分の国だけ伸び率が微妙だったらそりゃなんでよってなるだろう。私もなんでよってなった。神様えこひいきよくない。
シーリースは聞いただけでもまぁあんまり良い国ではなさそうだけども、流石にこういう事態のときは足並み揃えてもいいんじゃないだろうか。シーリースの人たちもお腹いっぱいご飯食べたら大人しくなるかもしれないし。
そう思っていると、ルルさんが口を開いた。
「シーリースの土地は呪われています」
「急に物騒だね?!」
「多くの国を襲い恨みを吸い、贖いきれない罪を犯しました。この世に災いが広まり、理の均衡を崩すこととなったのもそのためです」
「マジか……」
そりゃ周りから恨まれてもしょうがないかもしれない。
シーリースのせいで被害を被ったのであれば、今シーリースが苦しんでいても助けようと思う人は少ないだろう。周囲を侵略していた国ならなおさら、関わりたくないと私でも思う。
「神とリオの恩恵がまったくシーリースに届いていないわけではありません。統治者が誠実に政を行えば、今年の熱風で世を去る者も出ないでしょう」
ルルさんは、シーリースについてあまり良い印象を抱いていないようだ。いや、こんな話を聞いて私だってダメな国だとは思うけれど、なんだかそれ以上に。
「シーリースは特に他の民族には厳しい国ですから。どうぞ行きたいなどと仰らないでください」
「さすがに私もそんなに能天気ではないよルルさん」
救世主だなんだと言われているけれど、別に私は聖人でもなんでもないし。聖人成分がやっすい炭酸飲料に入っている果汁ほどもない。好き勝手歌ったら神様の力が伝わりやすくなってなんか良い感じになっているだけであって、徳を積んでいる意識もない。
ただただ、ストレス解消に歌っているだけだ。ストレス解消に、ストレス溜まりそうなところにわざわざ行くこともない。
でもなんかモヤモヤする。
私が勢いよく立ち上がると、ルルさんが少し驚いた顔で見上げてきた。
「ルルさん、ちょっと歌ってくるわ」
「は……、これから、奥神殿へ?」
「うん。用事もなくなったし、晩御飯の頃には出てくると思うたぶん」
「しかし……」
「なんかさー」
羽織ったままだったマントを脱ぐと、ルルさんが戸惑った様子のまま受け取ってくれた。靴は、可愛いからそのまま履いていくか。どうせ脱ぐしな。服も普段のあれよりちょっと動きにくいけど、まあ気にしない。
「シーリースがめっちゃ悪いのはわかるけどさー、全員が一致して悪いことしてたわけでは流石にないだろうしさー、とばっちり食うのはお年寄りとか子供なんだろうしさー、なんか自業自得といえばそうだけどさ、結果的に意地悪してるような気持ちになるっていうかさ」
「リオ、それは」
「でもルルさんの言うことも正しいんだろうしさ。なんかそういう小難しいこと考えるの得意じゃないし、見て見ぬ振りも後味悪いし、」
とりあえず歌だ。歌って忘れよう。腹式呼吸で、腹から声を出して、ビブラートを効かせて全てを忘れよう。それがいい。歌だ。歌をもってこい。いや歌は持ってこれない。だから自分で行くんだね。
さあ行こうすぐ行こうと急かすと、ルルさんはじっと私を見てからふっと笑った。そして私の手を取って、そっと額を当てる。
「リオの望むままに」
「やった。じゃあ朝まで歌ってもいい?」
「それはいけません。絶対に」




