喉休め 私たちは絶対に絶対に戻したりしない 後編3
豪邸ってさ、どうかと思うよ。
徒歩2分で迷子になるんだからさ。
憤慨したまま部屋を飛び出した私とニャニは、廊下を出て階段を二階降りたものの道に迷い、とりあえず玄関を目指そうとしたものの屋敷の奥へ進む羽目になって、無事ルルさんに回収され部屋へと戻ることができた。
迷子、カッコ悪い。
「フィデジアは代々騎士を出している家系で、訓練と防犯を兼ねてこの屋敷は知らぬ者が迷いやすいように作られていますから……」
何その忍者屋敷みたいなやつ。教えといてほしかった。
「……すみません」
「えっ?」
「反対ばかりしてしまいました。リオが食べたいと願っていたのに」
ルルさんがシュンとしてる。
急にどうしたというの。反応に迷っていると、ルルさんが私に座るように促した。ベッドサイドに座ると、今度は隣にルルさんが腰掛ける。
「今度こそあなたに旅を楽しんでほしかったのに、私がつまらなくさせてしまいました」
「いや……そんなことないけど……」
前回の旅が半強制的な旅立ちだっただけに、今回は楽しいものにしようと思っていたようだ。前の旅もわりかし楽しめたのは楽しめたのだけれども、体力面でヒーヒー言ってることも多かったのでルルさん的にはもっと気楽な旅にしたかったらしい。でもいきなり生魚という警戒要素に行き当たったせいで、ルルさんも取り乱したのかもしれない。
「でもほら、ルルさんは心配してくれてたわけだし、私は大丈夫だと思うけど、生魚に当たっちゃったら旅どころじゃないのも確かだし」
「ええ、リオが死ぬんじゃないかと心配で」
「死ぬリスクあるの?!」
魚怖っ!!
私がブルっていると、ルルさんが宥めるように言った。
「かなり稀な例ですが。個人的には、前に1ヶ月ほど苦しみ抜くことになったので、私よりも体の弱いリオはもっと衰弱するのではと」
「いやルルさんも死にかけてんじゃん!!」
人間より体が丈夫なエルフ、その中でも鍛え抜いた神殿騎士、さらに飛び抜けて頑丈なルルさんが1ヶ月寝込むって、それ普通だと死んでるレベルでは。せめてウィルスなのかアレルギーなのかアニサキスなのか教えてほしい。
「そりゃルルさんも止めるわ……早く言ってよ……」
「すみません、無為に怖がらせるのも良くないかと。今からでも料理を変えてもらいますか?」
よく刺身でお腹壊したとか夏場は食中毒に注意とか聞いたものだけれど、流石に1ヶ月も苦しむようなものはなかったはずだ。ダウンしてもせいぜい1日2日だろうと思っていたので、ルルさんの心配が過剰なものだと思ってしまった。知っていたらあそこまで怒らなかったのにと今更ながらに後悔してしまう。
「ううん、食べる」
「え」
でもそれとこれとは別問題である。
「フィデジアさんだって勧めてくれてたし、生魚食べたいし……」
リスクとルルさんの気持ちは重々承知の上で、刺身を食べたい。
そうルルさんに語ると、そうですか……と吐息だけで返事をしたルルさんはちょっと引いた顔をしていた。
夕食の席。
心待ちにしていた生魚が、綺麗に盛り付けられてピカピカと光っている。まさにヒカリモノ。身の部分だけなのでなんとも言えないけれど、アジとかサバとかそんな感じの魚っぽい見た目をしていた。下にサラダのようなものをこんもりと盛り、天辺に調味料の入ったおちょこ的なものが載っていて、その斜面をぐるりと刺身が彩っている。
そのほかにも違う種類っぽい魚がヅケ的なものになっていたり、なめろうっぽいものもあった。調味料も見た目柚子胡椒みたいなものからマヨっぽい色合いのものまで幅広い。
生魚の他にも焼いたのやスープ、付け合わせの野菜もバリエーションが豊富だ。フィデジアさん夫婦の他に、フィデジアさんのご両親と伯父さんもいるからとはいえ食卓が豪華で眩しい。ルルさんの心配や生魚の恐怖はどこかへすっ飛んでいってしまった。
「リオ様は生魚がお好きとか。マキルカでは滅多にないですから、ぜひ堪能してください」
「ありがとうございます!!」
そう言ったのは、フィデジアさんのお父さんだ。この魚は何々という魚で、とか、先程湖で釣ったばかりの新鮮なものです、とか色々と説明してくれた。お母さんも伯父さんもニコニコと歓迎してくれている。
そりゃルルさんみたいな反応をする人がほとんどだと、いくら美味しいとはいえ生魚はおもてなし料理では出しにくいものなのだろう。そこに喜んで食べたい人間が来たのだから、私が彼らの立場でも嬉しいと思う。
「いただきまーす!!」
さっそく手を付けようとした私をルルさんが止める。
「リオ、待ってください。……まずは、私が味見を」
その顔はさながら死地へと赴く戦士だった。




