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喉休め 私たちは絶対に絶対に戻したりしない 後編1

 静かな湖畔の森の影から、ルルさんが説得する声がする。


「リオ、あなたはまだよく知らないのでしょう。そんな危険なことは言ってはいけませんよ」


 優しく微笑み、肩を撫でながらそう言ってくるルルさん。良い声で「そうかな、そうかも」と思わせる、イケメンの特権である。

 打率8割くらいで私を誘導しているそれも、しかし今は効果がなかった。


「大丈夫大丈夫、食べたことあるから!」


 ルルさんにグッと親指を立ててみせると、私の隣でニャニも片手を上げた。ルルさんは悩ましげに溜息を吐いた。




 マキルカはここのところ平和で、サカサヒカゲソウの需要もなくフコも有りあまり、あちこちが緑で溢れている。家と神殿を行き来する生活にも慣れ、救世主業もかなりヒマ……余裕ができたので私とルルさんは旅行することにした。

 秋のマキルカ。気候も穏やかで紅葉が美しく、食べ物の美味しい季節だ。


「近場でお探しなら、どうぞ我が故郷へお越しください。今は星も美しく魚も肉も美味しい頃合いですよ」


 そう提案してくれたのはフィデジアさんである。お昼を一緒に、と誘われてお邪魔したフィデジアさんのお家で出てきた、実家直送の食材は確かに美味しかった。


「フィデジアさん、ちょっと北に住んでるんだっけ?」

「はい。ここからは数日ほどの距離です。まだ日中は蒸す日もありますが、湖が近いのでとても涼しく過ごせますよ」

「へー! 湖だってルルさん」


 魚のなんか良い感じにハーブとか塩とかで焼いた料理を食べつつ、隣にいるルルさんを見る。ルルさんはごく薄味に煮込んだ魚を小さなスプーンで潰しながら頷いた。


「いいですね。フィデジアの故郷の料理は美味しいですからきっとリオも楽しめるでしょう。行き帰りの道も安定していますし」


 そう賛成をしながら、小さな白身魚を載せた小さなスプーンを小さな口に運んでいる。金髪でふわふわの髪をした赤ちゃんは、やってきたスプーンにぱくっと勢いよく食いついていた。溢れかけたものをうまくスプーンで掬ってから、おしぼりでそっと口元を拭っている。


 ルルさん、いつみても子供の扱いが上手いな。


 本人曰く「神殿では預けられた子供の面倒を見ることも多かったので」ということだったけれど、その手つきはもはや偉大なる母と呼びたくなるほどである。フィデジアさんとピスクさんの赤ちゃん、ユウキくんに対してもそのスキルを遺憾なく発揮し、こうしてフィデジアさん宅へお家にお邪魔した日にはごはんからおむつまでナチュラルに手伝っている。

 フアァと泣いても慌てず「ルイドーもよくぐずってましたね」と言いながら背中をポンポン叩くところを見ていると、ルイドーくんがルルさんに懐いている理由がわかった気がした。理想のママや。


 寝かしつけも上手なせいか、ユウキくんもルルさんにとても懐いていた。私も抱っこさせてもらうけれど、ユウキくんは大体1分くらいするとルルさんの方へ手を伸ばすのである。可愛いけど寂しい。


「宿も案内もうちの者にお任せください。料理人もリオ様が来るとなれば張り切るでしょう」

「えっいいの? そんなに甘えちゃって」

「丁度実家へ挨拶に行こうと思っていたので、道中にユウキの機嫌を取ってくれる人がいれば私も助かります」


 それからあっという間に日程も決まり、フィデジアさんとピスクさんとユウキくんを乗せた馬車、そして私とルルさんとニャニを乗せた馬車は一路秋のタリフィテラ地方へと向かったのだった。


 数日の移動ののち到着したフィデジアさんの実家は豪邸だった。英語でいうところのマンションだった。ご家族の人と挨拶し、ユウキくんと休憩するピスクさんを置いて、私たちは周辺を案内してもらう。


「うわールルさん見て、湖すごいおっきい!!」

「リオ、あまり近付くと落ちますよ」


 さざなみで揺れる水面に森の木々や遠くの山を映した湖は、水が澄んでとても綺麗だった。水浴び用か魚釣り用なのか木製の小さな桟橋が数メートルほど湖へ伸びていて、手前には小さなボートが伏せて干してある。


「タリフィテラというのは、古代語で『清い大きな水』という意味があります。その通り美しい風景ですね」

「そうなんだ、さすがルルさん詳しいねえ」


 桟橋を歩いてもいいかと訊くと、フィデジアさんは快く頷いてくれた。少し年季の入ったそれは所々木の板の隙間から水面が見えて面白い。


「魚がいっぱいいる」

「今の時期は少し脂が乗ってただ焼いただけでも美味しいですよ。煮込み料理もありますし、もしリオ様に抵抗がなければ、ここでは生の魚も食べられます」

「えっそうなの?!」

「はい。お好きですか?」

「めっちゃ好き……」


 この世界では衛生管理のためかタンパク質を生で食べることがない。料理は美味しいので特に不満もなく暮らしてきたけれど、刺身を食べられると聞くと俄然食べたくなってきた。


「では早速今夜用意しましょう。あまり他の土地に住む人に受け入れられることのない料理ですから、リオ様がお好きと聞けば屋敷の者も喜びます」

「やったー! やったねルルさん! 今晩は生魚だよー!」


 繋いでいた手をワーイワーイと上げながらルルさんを見ると、テンション爆上がりな私とは正反対にルルさんは深刻な顔をして首を振っていた。






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