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喉休め 私たちは絶対に絶対に戻したりしない 前編2

 集まったのは私とルルさん、ルイドーくん、そしてフィデジアさんとジュシスカさんである。ピスクさんはお休み、三姉妹は外せない用事があるらしい。私も用事欲しい。

 ルルさん曰くそのまま焼いて食べるのが一番美味しいけれど、人によってはクセを感じることもあるらしい。というわけで、今日は鍋である。


 黒っぽい木のお盆が5つ。その上に旅館で見るようなロウソクっぽいものを並べ、五徳の上に小鍋が置かれてお出汁がじわじわ温められている。その中へ、ルルさんがせわしなく野菜や調味料を入れていた。他の人もそれぞれ鍋の準備をしている。

 何ですかこの本格感は。どこの観光地だ。いや中央神殿はある意味観光地なんだけども。


「ここで煮るんだね……」

「はい。熊は火を入れすぎると脂が固くなりますから。食べる直前に少しずつ入れるのが一番美味しいので」


 ちょっと濃いめの出汁で野菜をあらかじめ煮ておき、火の通ったお肉と一緒に食べるらしい。しゃぶしゃぶとすき焼きのハイブリッドといったところだろうか。見たところ誰も戸惑っていないので、名の知れた料理法なのかもしれない。


 野菜を煮込みつつ、和気藹々とクマの思い出話に花が咲く。

 若い頃に旅をして山中で迷い飢えで倒れそうになっていたときに出てきたクマの美味しさだの、訓練中にクマを見つけて行軍の滋養にしただの、春先の若いメスを求めて隣の大陸までクマ狩りに出向く喜びだの、ルルさん以外の口からも楽しそうに話される内容にビックリだった。

 クマ、メジャー食品かよ。私アウェイかよ。


 テーブルの下にいるニャニがたむたむと足の甲を叩いてくるのすら慰めに思える状況で、ルイドーくんがそろそろと言って席を立つ。

 しばらくして戻ってきた彼の腕には、沢山のお肉が盛られたお皿があった。


「おまたせしました。リオ、お腹が空いたでしょう?」

「こ……濃ゆい色ですね……」

「ええ。冬なら少し熟成してもいいのですが、今の時期に食べる新鮮なものでも美味しいですよ」


 赤身の色が濃く、脂肪の部分とのコントラストがはっきりしている。赤身と脂身が7対3くらいでしゃぶしゃぶ肉の倍くらい厚みがあるものと、それよりは薄く、脂身がサシで少しだけ入っているものの二種類が並べられている。フォークで食べるからか、1枚あたりの大きさがそれほどないのは救いだった。

 それぞれの鍋の横に置かれたお肉の皿を見ていると、2種類なのは私だけで、ルルさんたちのお皿にはもう一種類、全体的に色がやや黒っぽい部分も載っていた。これでも何かしらの忖度をしてくれたらしい。


「火の通し加減がわからないでしょうから、1枚目は私が煮ましょう」

「う、うん……」


 ルルさんはとても親切に、こんもり盛られたお肉から2枚を取って鍋奉行してくれた。周囲を見回すと、ジュシスカさんは1枚をしゃぶしゃぶのように鍋に入れ、ルイドーくんとフィデジアさんはポイポイとお肉を次々に放り込んでいる。

 他の人たちから比べるとかなり少ないとはいえ、クマ肉、ステーキ2枚分くらいある。

 チラッとテーブルの下に目をやると、ルルさんが私に声を掛けた。


「ニャニの分もありますから、心配しなくて大丈夫ですよ」

「そ……そっかー……」


 私のお皿から半分くらい取っていってくれてもよかったんだけどなー。と口には出せず、心の中でニャニ仕事しろと恨んでおいた。


「はい、どうぞ」

「いただきます……」


 すっかり火が通り、出汁に浸かって茶色になったクマ肉が供される。私の鍋と自分の鍋を同時に面倒見ていたルルさんが、ニコニコと私を見守っていた。

 覚悟を決めるしかない。

 ぎゅっと胸元のブローチを握ってから、私は器を手に持った。

 アマンダさん、神さま、ハチさん、勇気をください——!!


 匂いはお出汁っぽい。濃い目の味付けは、香りの強いスパイスも使われているようだった。ほかほかと湯気をあげるお肉を持ち上げ、少しフーフーと冷ましてから私は意を決して口の中に入れた。

 普通よりも噛みごたえのあるそれをしっかりと噛みしめる。


「あ、普通にお肉の……ムラサキ色……?」

「おい、紫は味の形容詞じゃないぞ」


 ルイドーくんが食べながら華麗にツッコミを放った。

 なんだろう、今濃い目の紫色が鼻をかすめていった気がする。飲み込んで首を傾げつつ、くったりした葉物野菜を食べて舌を休める。それからもう1枚お肉を食べた。


「赤身がしっかりしてるね……あと……紫っぽい味がする」

「どんなだよ。何を食ってるんだお前は」

「獣の風味のことでしょうか? 慣れないと臭みを感じますから」

「臭み……というか紫……」


 平安時代とかで高貴な色とされていたタイプの紫色が口の中を通っていく感じがする。なんだろう。これがクマ肉のクセなのだろうか。

 ルルさんが困惑しながらサシの入ったお肉も入れてくれた。こちらは少し柔らかくて食べやすい。やっぱり紫色がよぎったけれども。


「だんだん紫色が口に残るようになってきた」

「リオ……大丈夫ですか?」

「リオ様、野菜を食べるとお口直しになりますよ」


 柔らかい葉物もシャキシャキの根菜も、濃い出汁と一緒に食べると美味しい。フィデジアさんの言う通り口の中がちょっとリセットされた。


「うん、思ったよりも普通のお肉だった。紫色だけど」

「わかんねー形容やめろ。獣臭さだそれは」

「獣って紫色なんだねえ」

「目で食ってるのか?」


 お肉を前にしてクマの顔を思い出すとやっぱり躊躇してしまうけれど、味はそれほど強烈なものではなかった。ルルさんが言っていたように火を通しすぎると脂身が硬くなって噛みきれなくなったけれど、程よく煮て野菜と口に入れるとちゃんと食べられる。


 また食べたいってなるほどに好きな味ではないけれど、もう食べたくないというほどに嫌いな味でもなかった。

 よかった。これならルルさんがクマ肉を食べたいときに一緒に食べられそうだ。


「この紫色も、よく食べるとなんかクセになる……かもしれない」

「リオ……」


 ホッとしてクマ肉を鍋に入れる私とは裏腹に、ルルさんはこの日以来、クマクマと主張するのが少し控えめになったのだった。






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