喉休め 私たちは絶対に絶対に戻したりしない 前編1
市場で買い物途中に、ルルさんが神殿騎士に呼び止められて何か話を始めた。仕事関係っぽかったのでちょっと離れた場所にある八百屋にお邪魔して、フワッフワの金色猫を撫でていたのだけれども。ニャニのたむたむをスルーしつつ撫で回していたのだけれども。
「リオ! 今日の夕食は神殿で摂りませんか?」
「いいけど、どうしたの?」
あまりに嬉しそうな様子のルルさんについ頷いてから訳を聞いたのだけれども。
「いい熊が獲れたそうです」
何事も確認は必要だと思った。
「ヤダーッ!!」
「大丈夫ですよ、新鮮なものですから」
そういう意味じゃない。いや、わかっていて言っているのかもしれない。踏ん張っている私の両手を引っ張るルルさんによって私は着実に中央神殿へ近付いているのだから。散歩を嫌がる犬状態の私を、街の人はふつうにスルーしている。ありがたいやら無情やら。
市場で唖然とした私を横目にいくつか野菜を買ったルルさんは、私を連れて一旦家へ戻り、そして我に返った私の抵抗など感じないように神殿へと向かっている。
夫が筋力半端ない神殿騎士というのもどうかと思った。普段は果物を握って潰してジュースにしてくれたり便利なんだけども。
ルルさんは押しが強い。こうと決めたら翻すことはないのである。
ズリズリと地面に二本の線を残しながら、私は大きく溜息を吐いた。
「ルルさんわかった。わかったから。一旦止めて。靴が磨り減っちゃう」
私が諦めたので、ルルさんの手が簡単に緩んだ。両手を掴まれたまま、右足の膝を曲げつつ振り返って靴の状態を確かめる。ここの靴は私の足に合わないので、オーダーメイドなのだ。というかルルさんが作ったものなのだ。あんまり無駄にはしたくない。
「駄目になったらまた作りますよ。木靴は作ったものがまだ余ってますし、内側に貼る革もありますから」
「一時期量産してたもんねえ」
市場などを歩き回ることによって靴擦れを起こした私の足を見て、ルルさんは凝り性の血が騒いだらしい。私の足をあらゆる角度から眺め、計測し、木材との相性を見て、靴擦れせず歩きやすく疲れないフォルムを彫り出すことに成功していた。足の裏に定規当てられるの、めっちゃくすぐったかった。
サイズもピッタリで歩きやすいので助かるし、ルルさんがプレゼントしてくれたものなので大事に使いたい。そういうとルルさんに抱きしめられた。
「そんなに可愛いことを言って。リオは人を乗せるのが上手い」
「そうでもないよ。どれだけ頑張ってもクマ食は避けられなかったから」
「すみません、抵抗があるというのはわかってるのですが」
抱きしめられた私とルルさんの間をニャニが無理やり通ろうとしたので、私は路上で何してんだと我に返った。距離を取ると、ルルさんがしっかり手を繋いで微笑んでくる。
「私の思い出の味ですから、ぜひリオにも食べていただきたいのです。そうしていつか好きになってくれたら、また思い出が増えるでしょう?」
「うん。それはいいことだと思うんだけどもね」
クマじゃないと駄目なことかなそれ〜??
という気持ちが湧いてくるのはもう許してほしい。こちとら生まれてこのかたクマ食に縁のなかった人生である。
まあ、ルルさんの好物でありながら、私がドン引きしまくるせいで今まで食卓に上らなかったモノである。この先も好物を食べられないでいるのは大変だろうし、ちょっと食べて無理そうな味だったら、これからはルルさんだけで味わってもらうということで。私もルルさんの気持ちを汲んで一口くらいはチャレンジしてもいいかもということで。
「よお、早かったな」
「クマーッ!!」
神殿に着くなりクマに話しかけられた。ちょっと灰色がかったずんぐりしたクマである。
「誰がクマだバカ」
「クマの内側からルイドーくんが出てきた!!」
「殴るぞ」
クマがデロンと床に落ち、代わりに怒ったルイドーくんが出てくる。私にトゲトゲしたあと、ルルさんには態度よく接していた。どうやらルイドーくんが獲ってきたクマらしい。
「余計なことを……」
「フィアルルー様の好物だぞ。この時期のクマは見つけにくいんだからな」
見つけにくいならそっとしておいてあげたらいいのに。デロンデロンのクマ皮を見つめつつ思う。この皮はなんか加工するらしく、お肉は全くついていなかった。すでに厨房へと運ばれているようだ。
まあ、解体シーンから見ることにならなくてよかった。あの生き物が肉になる過程、割と覚悟がいるよね。
「ルイドー、よくやった」
「ありがとうございますフィアルルー様!!」
「ルイドーくんも一緒に食べるよね?」
「は? 好きに食べてろよ。オレは食べ慣れてる」
クマを畳むルイドーくんの腕を、渾身の力で掴む。
「食べるよね? 自分で取ったんだから食べようよ。1人だけ逃げるなんてズルイよ」
「誰も逃げてねえ……うわわかったわかったから離せバカ!」
仲間1人ゲット。
しかし、「こえぇんだよ……」と呟きながら私から遠ざかったルイドーくんは人としてどうかと思う。必死な乙女を怖いとか。やっぱ顔に力が入り過ぎただろうか。
足元を見下ろすと、ニャニがちゃっかり隣に並んでニタァ……と口を開けている。
ニャニは何でも食べるし、いざとなったら手伝ってもらえるだろう。しばらくはドヤ顔で私にピッタリ付いて回るようになるだろうけれど、この際それは仕方ない。
「リオ、遊んでないで行きましょう」
「うん」
私は心を奮い立たせてルルさんに続いた。
とりあえず水は用意していてほしい。
タイトル元ネタ:
「私たちは絶対に絶対にヨリを戻したりしない」
We Are Never Ever Getting Back Together




