大体お店出てから歌いたい曲を思い出す17
くつくつと小さな泡の出る鍋をかき混ぜながら水の流れる音を聞き、ハッと気が付く。
「ルルさーん!! ごめん枕カバー洗濯出すの忘れてた!!」
「洗いましたよ」
「え、ほんとに? ルルさんはさすがだねえ」
水場の方からひょいと顔を出したルルさんが、絞ったリネン類の入った桶を抱えたまま微笑む。通りざまにほっぺチューしてから物干し場へと去っていった。
もうここ3ヶ月、1日5回くらいほっぺチューされている。
「この調子で100年とか続いたら、私の頬すり減らないかな……」
「1日千回くらいやらないとすり減らないのでは?」
「うわ聞こえてた」
窓が開いていたのを忘れていた。ルルさんが「鍋底を焦がさないよう気をつけてくださいね」と付け足したので、私は黙って鍋をかき混ぜることにする。
結婚してから3ヶ月。なんだかあっという間に過ぎてしまった。
今、私とルルさんは中央神殿から離れて二人暮らしをしている。といっても週4で大体日に4時間ほどカラオケしに行っているので相変わらずジュシスカさんやルイドーくんたちともよく顔を合わせるし、三姉妹ともたまに遊んでいるので人間関係はそう変化していない。
「ニャニどいて。鍋落ちたら危ないよ」
中央神殿からほど近い場所にある私たちの新居には、神殿にいた頃と同じようにニャニが出没するし、寝るときにはヌーちゃんが来るときもある。ニャニは市場で買い物するときも付いてきたりするので、街の人からもはや「フィアルルーさんちの珍ペット」くらいの扱いになっていた。たまにお店の人からオヤツをもらってご満悦している。
私とルルさんの生活で大きく変わったことといえば、2人で家事をこなしていることくらいだ。といってもそんなに大きな家でもないので、掃除も協力すればそれほど大変ではない。料理はこっちの味付けなんかをルルさんに教えてもらいながらやっているけれど、ゆくゆくは1人でできるようになる予定である。ルルさんは「包丁を持つ手つきが心配」と言っているけれど、そのときは固いものを切っていたからであって普段はそんなことない。と思う。
市場に食材を買い物に行くので、街の人とも随分仲良くなった。
最初こそ「救世主様」的な扱いもあったけれど、今では「リオちゃん今日はお祈り長かったね」的な気さくな感じで接してくれる人がほとんどだ。
「ただ今戻りました」
「おかえりー。いつも重労働ありがとね」
「リオも料理をありがとうございます。今日は洗濯物がよく乾きそうですよ」
ルルさんは、最近は神殿騎士の仕事をちょっと手伝っている。といっても、神殿へ行く道や家周辺の見回りをついでにやったり、街で揉め事があったら手を貸すくらいのものだ。それでもご近所の人は「ルルさんが来てからこの辺の揉め事が劇的に減った」と言っていたので、ルルさんの強さは街の人にもよく伝わっていることがわかった。
神殿でもたまに剣の指導を頼まれているけれど、ルルさん本人はあまり乗り気そうではない。ジュシスカさんやルイドーくんの手合わせは半分くらいの確率で断り、ギリギリした視線をもらっていた。
「神殿の仕事はもうずっとやってきましたから、そろそろ引退してもいいかと」
本人の腕が腕なので引き止められるというか、手を貸さざるを得ない状況もあるかもしれないけれど、本人にあまりやる気がないのであれば無理にやらなくてもいいと思う。
「ルルさん器用だもんね。なんか雑貨とか作っても儲かりそう」
「では一緒に店を開きましょうか?」
うちにある木製の食器類は、だいたいルルさんお手製のものである。本人は暇つぶしにと言っているけれど、やっぱり凝り性だし何か作っているのが好きみたいなので雑貨屋とかやってもいいかもしれない。やるとしたら私は接客オンリーだけども。
「リオ、そろそろ出掛けましょうか」
「うん」
私は相変わらず中央神殿に通ってカラオケをしている。週に4日ほど、1日4時間くらい。午前中に歌って、お昼は神殿の人たちと食べて、それから市場で買い物して帰るというのがよくあるパターンだ。ルルさんが仕事をしている間に三姉妹やフィデジアさんに裁縫などを習ったりすることもあった。
生活だけで見ると、そこそこ変わったのかもしれない。けれど、気持ち的には、中央神殿で暮らしている頃とそう変わってはいなかった。
ルルさんと魂を交わしたことによって私の寿命は数百年延びたらしいけれど、特に自覚はない。ラメが舞ってる感じで「力」が見えるようになったけれど、それも意識しないと忘れるくらいのものだし、見えるようになったからといって謎の超能力が使えるようになったということもない。
ルルさんの言っていたように、いつも通りの日々が続いている。




