大体お店出てから歌いたい曲を思い出す16
白い器を右手でしっかり持ち、傾けて口を付けつつ左手で底をポンポン叩いた。お酒がなくなり折り重なっていた花びら果実が口の中に入ってくる。
ほらやっぱり美味しい。ルルさんは意地悪せず食べさせてくれたらよかったのに。
「キッ」
「ん?」
引き続きポンポン叩いて食べていると、私のスカートをくいくいと引っ張るのがいた。
つんと尖った黒い鼻、まん丸の目、漆黒のふわふわに羽根が突き刺さったような体。ヌーちゃんである。
「流石にアルコールはどうかと思うよ〜? ヌーちゃん動物だし、小さいし。ポテチにしといたほうがいいんじゃない?」
ポケットからポテチを出すと、ヌーちゃんは目を輝かせて前足を上げて強請る。目の前においてあげるとすごい勢いで食べ始めた。
袋ごと。
「ええええヌーちゃんそれはヤバい!! 窒息しちゃう! ルルさん! ルルさーん!!」
ハッと気が付くと、周囲が暗かった。衝立の向こうから光が漏れている。
「呼びましたか?」
「ルルさん。あっそうだヌーちゃんがポテチを袋ごと……食べてない。夢?」
「そのようですね」
私の枕の上をとたとたと歩いたヌーちゃんは、お尻を突き出すように前足を伸ばし、今度は前のめりになって後ろ足を伸ばして、私に「キッ」と鳴いたあと毛布の中へと潜り込んでいった。もこもこ膨らんでいた毛布がペタンコのまま動かなくなったので、どこかへ出掛けたようだ。
「夢か……よかった……」
「何か困っていたようですね」
「そうそう、前にヌーちゃんがポテチっておやつが大好きだって話したでしょ? 慌てて食べるから窒息しそうになってね……」
説明しながら私はルルさんに前髪を直され、毛布を掛け直され、ついでに抱き寄せられ、背中をポンポン叩かれながら額にちゅーを受けた。
「ちょっと聞いてる?」
「はい」
「私はお酒入れじゃないからポンポンしても何も出ないし」
「そうですね。リオはこのままで私のたからものですから」
えっ……なに……怖……急に何甘ったるい顔してるのこの人……怖……
私が引いたのに気が付いたルルさんが特にそれを気にした様子もなく、微笑みながら私の頬を撫でる。
「覚えていますか? 眠る前、儀式を行い魂を交わしたことを」
「え……うん。それは流石に」
「あれから丸一日経ってしまったので、リオが早く目覚めないか待ち遠しかったのです」
「ま、エエェー!!」
さらっと言ったけど、私、丸一日寝てたのか。
そしてヌーちゃんの食い意地張ってそうな夢で目が覚めたのか。なんかこういうこと前にもあった気がする。
「てか丸一日って! 宴会は?! お肉は?! 謎の鍋は?!」
「とうに終わっていますよ」
「うそォォ……ルルさんの嘘つき!! すぐ起きれるって言ったじゃん!!」
「人によって差がありますから、リオはこの状態に慣れるのに時間がかかったのでしょう。宴会へは一応夜頃に顔を出しに行き、そのときに食事を分けてもらったのですが、流石に今まで残しておくわけにもいかず」
「ルルさんは食べたの?! ずるい!! 私をおいていくなんて薄情者! ルルさんのニャニ!」
「リオが無事だということはわかっていたので。リオももうわかるでしょう? 魂の感覚や、私の気配のようなものが」
わかる。私が散々詰っているのに効いてないどころか若干ほのぼのした気持ちになっているっぽいことがなんか伝わってくる。人が嘆き悲しんでいるというのにその気持ちはなんなんだ。
ついでに、ルルさんの周りに散っているラメラメもまだ見えている。見えているけれど、儀式をした直後のようなギランギランな感じではなく、なんかこう、薄皮一枚上の世界の話というか、見えなくさせようと思えばできそうというか、そんな感じの控えめな表現になっていた。ルルさんに訊くとこれが「力」が見えるということらしい。
「すぐに慣れますよ。こうして感覚が伝わるのも、触れ合っているからですし」
「あ、そうなの? よかった。四六時中ダダ漏れだったら困るなと思ったんだよね」
「私は特に困りませんが」
「知ってる」
お互いに分身を相手にくっつけているようなものなので、なんか伝わってきたりするらしい。といっても、ぴったりくっついていたら気持ちまでぼやっと伝わってくるけれど、普通に暮らしてる分にはなんとな〜くいるのがわかる程度。なのでそのうち気にならなくなるとルルさんは言った。ほんとかな。
相手がかなり離れていても方向が大体わかったり、危険が迫っていたりすると勘付いたりするらしいので、メリットもあるようだ。
「そっかそっかー。じゃあ、とりあえずご飯食べに行こうか」
「今から? でもリオ、それほど空腹ではないのでは?」
「悔しいからなんか食べたいんだよォ……」
私が寝こけている間に宴会が終わっていたとは。しかもよく見たらお酒の器も見当たらないではないか。果肉も食べそびれ、宴会のご馳走も食べそびれ、私はこの悲しみをやけ食いにぶつけるしかないと思う。
「せっかくですから、もう少しゆっくりしましょう。夕食は私が運びますから」
「いやいいよ。今食べに行こうよ」
「リオ」
私の頬を撫でていた手が、私を通り越して向こう側へと着地し、それに伴ってルルさん本体が私の上にやってきた。キラキラが降り注いでいるように見えるのはルルさんの「力」とかそんなんではなく、単純にイケメンの笑顔が眩しいからである。
「私たちは夫婦になったのですよ、リオ」
「うん」
「では、することは食べることなどではないと思いませんか?」
思わない、という言葉は、わ、くらいで途切れた。ルルさんのせいである。
結局私はそこから本格的にルルさんと夫婦らしいことをすることになってしまい、夜にお腹がぐーっとなってようやく食事にありつくことができたのだった。
ちなみにルルさんお手製料理で、アーンしようとしたので私は色々な恥ずかしさもあって貝になった。




