大体お店出てから歌いたい曲を思い出す14
「え? ここ? ここで儀式するの?」
「はい。一度説明したのですがお忘れでしたか?」
ルルさんに手を引かれてやってきたのは、私の部屋である。お風呂と着替えに部屋から出掛けて、挨拶をしに広間へ行き、また部屋に戻ってきた形だ。
「そういやなんか部屋でやってもいいとか聞いたような……」
「知らない場所でまた緊張するより、慣れたところのほうが良いかと」
「それは嬉しいお気遣いなんだけども……ここ寝室だけどいいの?」
飾っている花が3倍くらいに増量し、布類も可愛い感じのものに模様替えされているけれど、ここはいつも私とルルさんが寝ている部屋である。いつの間に模様替えしたんだろう。早ワザ。
救世主待遇なので、私の部屋は寝室と、その隣にある食事をしたり遊んだりする部屋に分かれている。というか救世主は私だけなので、いってみればこの奥神殿に最も近い区画は全部好きに使ってもいいらしい。同じ並びにあるアマンダさんが使っていた部屋も入っていいし使っていいのだけれど、私は分身とかできないので今使っているふたつで充分である。というか一部屋がでかいのでひとつでもいい。
寝室にもテーブルとか衝立とかソファがあるので儀式が不便だったりはしないけれど、普段何かするといったら大体隣の部屋なのでちょっと違和感がある。
私が訊ねると、ルルさんはこっちのほうがいいと頷いた。
「寝室のほうが都合が良いんですよ。というより、寝台の上で行ったほうが安全というか」
「えっそんななんか危ないことなの!?」
三姉妹調べでは大したことないっぽかったのに! ウソつき!
お酒を使う危険なことって一気飲みとかなのだろうか。捕まる。
にわかに不安になっていると、ルルさんが「危険ではありません」とはっきりゆっくり否定した。
「今から行うのが魂を捧げ合う儀式だというのはわかっていますね?」
「うん」
「魂というものは、ひとりひとり違いがあります。それをお互いに渡して混ぜ合わせるようなものですから、最初の半日ほどは違和感で目眩や眠気を感じることがあるのです」
「なるほどー」
倒れ込んで怪我をしたりしないように、ソファに座ってとかベッドの上でとかが推奨環境になっているそうだ。大体2時間くらい眠くなる人が多いとか。
「他に心配なことはありますか?」
「えーっとないです……寝てるうちに宴会終わっちゃうかな?」
「そういうこともありますね」
たまにそういうこともあるので、メイン2人の宴会への参加は来ても来なくても気にしないラフな感じなんだそうだ。
なるほどなーと思っていると、ルルさんが私の頬を撫でた。
「美味しいものなら私がまた用意しますから、そんなに心配しなくてもいいですよ」
「……別にそこ心配してるわけじゃないからっ……そんなに心配してるわけじゃないからっ!」
移動するときにちらっと見えた料理、すごい美味しそうだったので未練がないとは言えない。あの鍋めっちゃいい匂いしてたけど何が入ってたのか。でも別にそんなにがっついているわけじゃないというか、いや食べたいんだけども。
私が煩悶していると、ルルさんが笑う。
「では早くすませて食べに行きましょうか」
「うん」
私をベッドに座っておくよう言ったルルさんが、儀式のための用意を始める。といっても、必要なのはお酒と器くらいなのだそうだ。魂渡すとかかなりスケールが大きい割にどこまでもラフである。
「お待たせしました」
ルルさんがお盆に乗せて運んできた器はひとつ。真っ白でなんの柄もなく、つるんとなだらかなカーブを描く器は、カフェオレボウルくらいの小振りなものだった。
覗き込むと、お酒が器の7分目くらいまで注がれている。飴色にも金色にも見える液体の中には、薄桃色や緑、黄色の小さな花のようなものが揺蕩っていた。
「これ、花を漬けてるの?」
「黄色いものはそうです。他は果肉を薄く削って花を模しているものですよ」
「えぇ……これどう見ても花だわ」
薄桃の花びらは些細な波で揺れるほど薄く繊細で、可憐な様子はいくらでも見ていられるほどだ。中心にいくほど黄色が濃くなっているとこなんて本物の花びらにしか見えない。職人技である。
「これも儀式に何か影響するの?」
「いえ、可愛らしいほうがリオが喜ぶかと思って」
「思って、でこんな食べられる工芸品作っちゃうのかい! ルルさん本当に凝り性だな!」
「慣れれば簡単ですよ」
この先どれだけ寿命が伸びても、ルルさんの域には到達しそうにないと思う。もうこの人そういう細かい作業が好きなんだもん。
「ではそろそろ始めましょうか」
ルルさんが普段通りの調子でそう言う。私が頷くと、ルルさんが職人技入りの器に私の両手をあて、それごと包むようにしてお酒を持ち上げた。




