大体お店出てから歌いたい曲を思い出す13
「いやー、よかったよかった。フィアルルーは頼もしいから、何があっても安心安心」
長老への挨拶は、本当に挨拶だった。
こんにちはお久しぶりです、結婚することになりました。うんうんよかったね。以上。
世間話程度のフランクさで声を掛けられ、ルルさんも同じような感じで返していた。前にルルさんが「エルフは結婚式の格式をあまり重視しない人が多い」と言っていたけれど、その言葉通りだった。
何百年と長い時間を生きることになるので、結婚相手とも数十年付き合ってたとかも珍しくない。そろそろ子供作るか的なノリで結婚する人も多いため、結婚式といってもちょっとした報告くらいで終わることがほとんどなのだそうだ。宴会もお披露目というよりちょっと豪華なパーティーみたいな雰囲気らしい。特にここ100年くらいは水不足や天災も多かったため、周囲の人に軽く話して終わりという人も結構いたとルルさんが教えてくれた。
花嫁衣装を着てどっかの教会でとか、招待状が来てドレスで参加とか、そういうイメージがあっただけにあっさりしすぎる感じはするけれど、大勢がいただけで手汗が大変なことになってしまった私としてはこのシンプル形式でよかったのだろう。
「救世主としての役割は充分果たしてくださった。これからはどうぞ新婚生活を謳歌してください。もちろん、お祈りくださることも大歓迎ですが」
「ありがとうございます。いっぱい歌いに来ようと思います」
「奥神殿も中央神殿も、いつでもお迎えしましょう」
ルルさんがなんか手を回したのか、中央神殿の人たちがそうしようといってくれたのか、この一年でここの人たちの私に対する扱いも変わってきた。救世主様救世主様と呼ばれる「なんかすごい人」から、「ちょっとすごい能力があるけど普段は普通の人」くらいの立ち位置になったような感じである。
神殿内で神官や巫女の人たちとすれ違っても、前はわざわざ足を止めて頭を下げてくれたりしていたけれど、今は歩きながら挨拶するくらいの距離感である。正直そんなかしこまってもらえるようなことをしている感もなかったので、今の雰囲気はかなりありがたかった。厨房の人たちは気軽におやつくれるし。
この分でいくと、あと何十年かしたら「リオ様」呼びもなくなって私は完全に街の住民として溶け込めそうだ。
「リオ様、おめでとうございます!」
「ありがとうー」
「私たちをお救いくださったリオ様の晴れ姿を見ることができて幸せです」
「いやいやそんなそんなありがとうー」
「ご新居のある西大通は美味しいものが沢山あるので、どうぞお幸せにお過ごしください!」
「そうなんだやったーありがとうー」
別に棒読みではない。感謝の語彙が少ないだけである。あと大勢から色々話しかけられると頭がついていかない。それでも黙って見守られていたときよりかなり緊張はほぐれたし、いっぱい祝われるとやっぱり嬉しかった。
「リオ、この場はこのまま宴席に変わりますが、参加してから儀式に向かいますか?」
「どっちでもいいよ」
「ではすぐに儀式へ向かいましょう。その後に来たければ戻ってくればいいですし」
ルルさんが間髪入れずに言ったので、もし私が参加したいと言っていたらどうなっていたのだろうとちょっと気になる程だった。いや、ルルさんのことだから私がどっちでもいいと言うのをわかっていたのかもしれない。
「では長老、皆さん、我々は一旦失礼します」
「ああ、この度は本当におめでとう」
「ありがとうございますーあとで多分来ますー」
テーブルを運んだり飲み物を持ってきたり準備中のみなさんに手を振って広間から出る。
いよいよ、儀式だ。また戻ってきた緊張に、ルルさんとつないでいる方の手がまた汗ばんできた。一回手洗わせてほしい。
「リオ、また顔が強張っていますよ。いつも通りいつも通り」
「いつも通り……いつも通り……」
固い頬でルルさんに微笑み返すと、ルルさんが繋いでいないほうの手で私の頬に触れ、そっと私を抱きしめる。ちょっとだけそうやって手汗度を下げていると、料理を持ってきた厨房の人たちにヒューヒューと囃し立てられた。恥ずかしい。
「では行きましょうか」
「うん」
しっかりと手を繋いで、ルルさんの隣を歩き始める。
しかし2歩歩いたところでルルさんが立ち止まり、後ろを振り返った。
「神獣ニャニ?」
意気揚々とついてこようとしていたニャニが、ルルさんの静かな一言に片手片足を上げたままピタッと凍ったように止まる。それからゆっくりと後退しながら広間へと戻っていった。
「さあ行きましょう」
「う、うん……」
この先何百年と続くであろう結婚生活、ルルさんを極力怒らせないようにしよう、と私が強く誓ったのはこの時である。




