大体お店出てから歌いたい曲を思い出す9
翌日からルルさんは彫刻芸術家と化した。
私がダラダラしてたり、カラオケしてたり、昼寝してたりする間は大体しょーりしょーりと酒精石を削っているのである。カツーンカツーンと砕く作業については一度見ただけで、あとは私がいないときにやっているそうだ。破片が飛ぶと危ないかららしい。
モチーフについては、草花を中心にルルさんが選んでくれることになった。
よく考えたら出会ってまだ1年経っていないのである。過ごした時間は長いとはいえ、2人だけの思い出の品物や花というものが私たちには特になかった。ニムルは形が単純だし、フコもラグビーボール型だし、どっちも2人の思い出というよりはみんなの思い出的なアレだ。
何か造形の希望はあるかと訊かれてまた激しく悩むことになった私を、ルルさんは予想していたらしい。特にないことがわかると適当に見繕ってくれると言った。頼もしい限りである。
「旅で見た花や鳥を中心に、リオが知らないものも彫りましょう。思い出はこれから作れば良いのですから」
これから初めて見るであろう花だってモチーフにしたものだというと親しみが湧きやすいだろうし、少しずつこの世界を知っていけばいい。そんな感じで言われ、私はルルさんのロマンチスト能力の高さに脱帽するしかなかった。
手始めに彫り始めたのは、牡丹とか芍薬みたいな花びらが多い花である。3年に一回くらいの頻度でいっぱい咲く縁起物の花で、結婚や幸福、繁栄の象徴なのだとか。
酒精石は表面積を増やすように、複雑な彫刻になるほど早く良いお酒になるとかなんとかなので、儀式用の酒精石によく採用されるモチーフなのだそうだ。
透けるほど薄く複雑な曲面を描く花びらを、驚くほどの集中力で彫り続けている。
というのを四苦八苦しながら英文に変えてアマンダさんに送ると、ニャニやヌーちゃんをモチーフにしたらいいんじゃない? と返ってきた。
ルルさんによると、神獣も酒精石のモチーフにはよく使われているそうだ。ヌーちゃんはまだしも、ニャニは酒樽を開けたらワニが沈んでいるのはなんか飲むのに抵抗がある。せめてアマンダさんのブローチにあった酔いどれのおっさんの方がまだ楽しそうである。
アマンダさんは、なんと学校を留年することになったらしい。講義も出られなかったので仕方ないかもしれないけれど、今まで頑張ってきていたのだろうしすごく残念だ。その代わり、アマンダさんは大学の近くで彼氏と同棲することになったそうだ。通学しやすくなったし、道中も彼氏が一緒にいてくれるのでまた異世界に飛ばされないかという不安はなくなったらしい。よかった。
送られてきた写メによると、2人の新居は立派な戸建てだった。同棲でいきなり戸建てってイギリスでは普通なのか、アマンダさんがセレブなのか、判断に迷うところである。
「私たちも家を探しましょうか」
「えっ」
アマンダさんのリア充っぷりをルルさんにもシェアしていると、しょーりしょーりしながらルルさんがそう言った。フッと酒精石に息を吹きかけてしばらく眺めてから、ニャニに落書きをしていた私の方へ顔を向ける。
「シーリースもしばらくこちらへ手を出す余裕はないようですし、落ち着いたら2人で暮らせる家も必要かと」
「そうかな……? ここ便利だし……別にここでもいいんじゃないかな……」
シーリースは本格的に革命が始まってしまい、内乱で色々と大変なようだ。疫病も最後の患者が完治してからこの数ヶ月報告はなく、渡ってくる人たちを国境となる大陸の端の街で数日留めて感染していないか確認しているので新しい感染経路もない。
加えて、中央神殿のあるこの街では暴動があったこともあって警備が強化され、むしろ治安は今まで以上に良くなったようだ。救世主様を無理やり連れてこうとは何事だべ的な感じで住民の人たちも憤ってくれたというのもあるのかもしれない。パレードやっててよかったなあ。
そのおかげで私はちょくちょく街で外食したり買い物したりして楽しめるようになったのだけれど、やっぱり住むとなったら慣れたここがいいのではと思ってしまうのだ。
「奥神殿が近いですからね」
「うっ……うん……」
ゴミを払ってソファに近付き私の隣に腰掛けたルルさんが、にっこりとそう言った。
その気になれば丑三つ時でも歌いに行けるというこの環境、ヒトカラ好きにとって天国すぎるのである。あとお風呂も広いしベッドも広いし、食事までついてくるのである。
「しかし、特に新婚の頃なら2人きりで暮らすのもいいと思いますよ」
「……新婚ってだいたいどれくらい?」
「長いと100年ほどはそう言われるのではないでしょうか」
「今の尺度だとほぼほぼ一生だわそれは」
エルフ、寿命が長いだけに気も長い。
「十日のうち数日はこちらで過ごすとか、そういったこともできますから。農村部だと冬と夏で住む家を変えるのは珍しいことではありませんし、いくつか家を持っている騎士も多いですよ」
個人的には、何個家あっても体は一個なのに……という気持ちもある。でもまあ、ルルさんと街で2人暮らしするのが嫌というわけでもないので、いい物件があれば住んでもいいかもしれない。
「神殿に近いとこがいいな」
「パステルで移動することもできますしね」
「あとニャニがホイホイ入ってこないような囲いがほしい。たまにすんごい近くにいてビックリするし」
「柵でも作りましょうか」
大人しく落書きされていたニャニが、ガーンと言わんばかりに口を開けた。でも牙びっしりなので、ガーンというよりグワッである。お腹に書いた「我青鰐参上四露死苦」という落書きも相まってヤンキーっぽかった。
最近は見慣れてきたとはいえ寝起きとかに見るといまだにビビるので、ぜひともルルさんに日曜大工してほしい。




