大体お店出てから歌いたい曲を思い出す8
酒精石は乳白色。神社とかの敷地にある石に気持ち透明感を与えたような色味が基本で、ほんの少しだけ、かすかに青やピンクが混ざっているものも多かった。大きさは化粧ポーチほどのものから一人で持てそうにない1メートル越えサイズまで多彩である。
石は部屋の壁に沿って作られた棚に、微妙な色合いがグラデーションになるよう並べられている。これは見本で奥の倉庫にはもっと色んな種類があり、いくつか希望を出すと奥から持ってきてくれるのだそうだ。表面が滑らかなものが多かったけれど、いかにも切り出しましたといわんばかりにゴツゴツしたものもあった。
どれも石だなぁ……って感じの石である。
「気に入ったものはありますか?」
「いや……気に入ったも何も……違いが色と形くらいしかわかんないよルルさん」
「リオはまだ酒を飲んだことがありませんからね」
飲んだことがあったら分かるのだろうか。石の良し悪しが。
「てかルルさん飲んだことあるの? もしかして結婚したことある……わけないですよねすみませんマジですみません」
ルルさんがすっと片眉を上げたので、私は大人しく服従を示しておいた。ニャニにたむたむされた。
よく考えたらタマシイ的なものを交換するのだから、儀式をしていたら離婚再婚はできないのかもしれない。
「酒は神殿での儀式に使われることもありますし、神殿騎士となる際にも飲みますから」
「あっそうなんだね」
「食事の際に供されることもありますよ。変な勘違いはしないように」
「すいませんっした!」
片手で頬を掴まれ、ほっぺをニュムニュム揉まれた。地味に怒ったらしい。怖い。
ヤンキーの舎弟ばりに腰が低くなった私を見兼ねたのか、店主のおじさんがはははと笑いながら助け舟を出してくれた。
「まだお若いお嬢さんですと、酒について詳しくないことはよくありますからな。どうぞ難しいことは考えず、色や感覚でお選びください」
「そんなあやふやでいいんですか」
「作り手と飲み手に合うよう影響されるものなのですよ。もちろん、例えば白が強いと味に雑味が少ないなど大まかな特徴はありますが、優しい色合いでも特徴的な味を出すこともありますし、力が強いものでも味がまろやかになることもあります」
「へェー」
石にも『力』は宿っているらしい。私はルルさんたちのようにその『力』を見たりすることもできないので、やっぱり色で選ぶことになりそうだ。
「リオ、こちらの色は薄く加工すると透けるように美しくなると思いますよ。草花の形に彫るのに向いているかもしれませんね」
「うん、いいと思う」
「こちらは少し濃いものですが、酒にも色が移って黄金のような色になるでしょう」
「うん……いいと思う……」
特に石に思い入れはないので、ルルさんに言われたらそういうもんなのかと思ってしまう。色の違いもみんな白っぽいので大きな差があるわけでもないし、形はそれこそ後から加工するなら関係ないし。
「うーん……ルルさんが選んだらいいんじゃないかな。ぶっちゃけ私はどれでもいいと思う」
「一緒に選んでくださらないのですか?」
「だって違いがよくわかんないから! あとルルさんが選んだ石ならきっとどれでもいい感じになるだろうし」
ルルさんのことなので、いくつか目星を付けていたということはここにある石はみんなルルさんが吟味して選んだものなのだろう。 よくわかってない私にも参加させるほどなので、あらかじめダメそうなやつは外している筈だ。だからどれを選んでも失敗しようがないだろうし、ルルさんが選んだやつなら私に合わないってこともないと思う。今までルルさんが選んだ食べ物とか服とかで私に合わなかったものってないし。
なので、もうルルさんが好きに選んでください。私はわからん。
そう正直に言うと、ルルさんは笑顔で手を繋いできた。機嫌は治ったらしい。
「そこまで私を信頼してくださっているのなら怒れませんね」
「うん怒らないでね。信頼というか、ルルさんだし……いやこれ信頼か」
「いやいや、ここにいらっしゃるお客さんはどなたも仲睦まじいものですが、お2人もそれに負けず劣らずでよろしゅうございますな」
ハッハッハと店主が遠回しに「イチャイチャしよって」と伝えてきた。別にイチャイチャはしていない……と思う。ルルさんはめっちゃ笑顔だけれども。
「ではいくつか選びましょう。儀式に使うものの他にも、これから少しずつ2人で楽しむためのものも作っておきたいですし」
「うん、ルルさんがいい感じに思うようにやっちゃって」
「ではこちらはぜひお選びいただきたいですな。醸造すればするほど味が良くなりますから。千年楽しめるといわれているものです」
千年。
そうか、これから何百年も一緒にいるわけだから、その単位でルルさんは考えているのか。百年前のお酒でも飲んで大丈夫なのか心配になるけれど、まあ、ルルさんなら品質管理もきっと完璧にこなしてくれるはずだ。
しかし、お酒を数百年楽しもうと思ったら、かなり大量に作らないといけないのでは。年間500ミリリットルの消費でも、十年で5リットル。百年で50リットル。三百年だと150リットル。もはや業者である。
「ではこの石の……一番大きいサイズを2つと、それから」
「るるるルルさん、そんなにいっぱい買わなくても大丈夫じゃないかな。そんなに作るのも大変だろうし、なくなったらその都度作れば良いんじゃないかな」
「リオ、大丈夫ですよ。儀式に合わせて作る酒は今しか作られないものですし、保管に向いた場所ももう手配していますから。末永く楽しみましょう」
そういう問題じゃない。ルルさんが杜氏になってしまう。
お酒そんなにいらないんじゃないかなアピールも虚しく、ルルさんはテキパキと酒精石の購入を進めてしまっていた。石を彫るための彫刻刀のようなものも選び出してるしもうノリノリである。
ルルさん、ハマったら極めそうだな。
「リオ様、見守って差し上げるのがいいかと」
真剣な顔で酒造大量生産に勤しむルルさんを想像していると、ジュシスカさんがそっと声を掛けてきた。
「儀式の時期になると、男は浮かれるものですから」
「そ……そういうものなの?」
「そういうものでしょう。ほらご覧ください……あの浮かれきった顔を」
言われてみれば、ルルさんの笑顔がいつもよりも輝いているように見える。浮かれてもさわやかな笑みとは、イケメンは得である。
ルルさんが私の視線に気がついて、青い目を細めた。
まあ、ルルさんが楽しそうなら別にいいか。ルルさんなら飲みきれないほど作ることはないだろうし。もし余ってもお酒は料理に使えるし。
ルルさんと並んで夫婦をしながら、あの頃はこんなことがあったね、ルルさんが超頑張って作ったお酒だね、とか言いながら飲むのもちょっと楽しみだし。
そのときもルルさんが楽しそうだといいな。
そう思いながらルルさんを見上げると、ルルさんも私に優しく微笑んだ。
「リオ、どちらの刃物がいいと思いますか?」
「どっちでもいいと思うよ!」
刃物を並べて見せてくるルルさんが、洋服を並べてどっちがいいか彼氏に訊く女子とかぶる。
ルルさん、ジュシスカさんのいう通りやっぱり浮かれているようだ。




