大体お店出てから歌いたい曲を思い出す7
「リオ、お疲れではありませんか? 飲み物をどうぞ」
「ありがとうルルさん」
人の多い大通りを抜けると、ルルさんがうっすら果実っぽい味のついた水を渡してくれた。ちょうど喉が渇いたのでありがたく受け取って飲み干す。
「みんな何かやけに手振ってくれてたねー」
「祈りの雨が降らないことが多かったので、リオの身に何かあったのではと心配していたのでしょう。暴動についても知れ渡っているでしょうし」
「あ、そうか。そういや歌ってるかどうかわかるんだったね」
連日降りっぱなしかと思ったら、今度は降らない期間が長くなった。歌ったときに降る雨は雨量も少ないので農作物とかに悪影響はなかったと思うけれど、街の人はその極端さに戸惑っただろう。私が来てから、これほど長期間歌わなかったときはなかったし。
前に祭りでパレードに出たので、街の人は私の顔を覚えている人も多かったようだ。のんびり荷馬車に揺られていると誰かが私を発見し、それからずっと呼びかけられたり手を振られたりし続けていたのである。道の両側から声を掛けられたので、端に凭れるように座っていた私は前を向いたり後ろを向いたりと思わぬくびれエクササイズをすることになってしまった。
あと誰か親切な男性が馬車の後ろをダバダバ走って追いかけてきたニャニを抱っこして、私たちが乗っている荷台の上に乗せてくれた。100%親切心だったので置いてきたんですとも言えず、ニャニもドヤ顔で仰向けになって同乗している。
昨日私が落書きした「お腹叩き放題0円」という落書きはおそらくピスクさんによって磨き消されていた。
「ジュシスカさんもジュース飲む?」
「リオが気を回さずとも良いですよ。それほど長く走るわけではありませんから」
出掛けるときのアレでアレなのか、ルルさんがさりげなくジュシスカさんに冷たい以外には平和に街道を進む。
やがて賑やかな市街地を抜けて、旅の間に通ったようなのどかな丘陵地へと差し掛かった。まだ街が見えているところ、平屋の大きな家の前でジュシスカさんは馬車を止める。
「ここ?」
「そうです。降りましょう」
荷台の後方からルルさんが飛び降り、私に手を貸して、ニャニも下ろしてあげている。ジュシスカさんは荷馬車を置いてくるといって家の横へと進んでいった。
木造の家は、普通の家のような部分とドーム型に作られた広い建物がくっついたような形をしている。ドーム型の建物の方は両開きの大きな扉が付いていて、なんだか農作業や酪農をしていそうな雰囲気だ。ルルさんは私の手を取り、家の玄関を目指して歩いていく。
「ルルさんルルさん、ここってお酒造ってるとこ?」
「いえ、ここは材料を売っているだけですよ。ここで私たちの酒に合うものを選んで、造るのは中央神殿の場所を借りて仕込みます」
「へぇー」
材料っていうから、樽とかブドウとか米麹とかかなと思ったのだけれども。
ノックで出てきた恰幅のいい店主が案内してくれた店内で所狭しと並んでいるのは、乳白色の石っぽいものだった。
「ルルさん……これなに?」
「石ですよ」
「石なの?!」
石っぽいものじゃなくて石だった。ルルさんは当然のように頷いてから私を部屋の壁に沿って置かれた高級そうなソファに座らせ、自分は店主と何やら話をしている。
石って、酒造にどう関係するんだろう。蓋の重石? それってこんな真剣に選ぶようなもの?
静かに混乱している私をニャニがたむたむと慰めてきたので、とりあえず足を持ち上げて逃げる。上がった足に手を載せようとプルプルしながら片手を上げているニャニを眺めていると、ジュシスカさんが静かに入ってきた。
「ジュシスカさん……お酒ってどう造るの? てかこの石どうやって使うの?」
「これは酒精石といいまして、簡単にいえばこれを水に浸けてしばらくすれば酒ができあがります」
「そうなの?! 私が知ってるお酒と全然違うね?!」
ほぼ別物と言ってもいいんじゃなかろうか。自動翻訳機能さん、これ本当に酒で合ってるの。
ますます混乱していると、店主の奥さんらしき人がお茶のカップを持って近付いてきてくれた。
「まあ、どのような酒をご想像なさいましたの?」
「えっ、あのほら……ブドウとかを潰して……なんやかんやして……発酵? する感じの……?」
「果実火酒のことですわね。人間の国ではそれもよく作られているようですが、ここでは酒というとこの酒精石を漬け込むもののことを指しますのよ」
「そうなんですか。知りませんでした」
「見本をご覧に入れましょうね」
ルルさんと私、ジュシスカさんにお茶を配ると、奥さんがバックヤードに戻ってから何かを抱えて持ってきた。小ぶりの樽である。内容量でいうと、2リットル以上3リットル以下くらいのものだろうか。ウイスキーが入ってそうなものというよりは、漬物とかが入ってそうな、上側が少し広くなっていて蓋をしてあるものである。
奥さんがジュシスカさんに頼んでソファ横にあった小さいテーブルを前に持ってきてもらい、そこに樽を乗せる。そして蓋を開けると、ふわんとアルコールっぽい匂いが広がった。
「お、お酒だ……」
「どうぞ中もご覧になって。少し暗くて見えにくいですけれど」
上品に促されて覗き込むと、中に入っている液体は透明だけれど深い緑色を帯びていた。底の方に薄緑色をした花のようなものが沈んでいる。ちょうどひまわりの花のような、平たくて周囲を花びらが囲んでいる形をしていた。
「それが酒精石ですのよ」
「えっこれが?」
「水に触れる部分が多いほどよく酒精が浸み出しますの。酒場に卸すようなものは平たい石に穴を沢山開けただけのものが多いですけれど、儀式をお望みならこうして複雑な形を彫るのが一般的ですわね」
「へぇー……」
「色が付いていますでしょう? これは最初の酒精が出てから、果実や種子を漬け込んでいますの。風味はここで決まりますから、殿方の腕の見せどころですのよ」
「へぇー……!」
儀式で使う酒精石は、花や2人の思い出をモチーフにしたものを掘ることが多いらしい。風味付けにつかうものも好みに合わせて調合するけれど、特に果物は味が変わるので奥が深いそうだ。理想の味を求めて、100年も試行錯誤した男性もいたらしい。エルフすごい。
「作り手によって味が大きく変わりますし、水や酒精石の産地でも繊細に味が変わりますから、厳密にいえばひとつとして同じ味はないと言われていますの」
「奥が深いんですねえ……」
ワインも年によって出来が違うとかいうし、そんな感じだろうか。
ルルさんは大体何でもできるとはいえ発酵とか大変そうだなと思っていたけれど、手順としてはそれほど大変ではないようだ。その分素材や風味付けの材料選びが大変なのかもしれない。
「酒精石は少しずつ色も違いますから、どうぞごゆっくりお選びになってね」
「あっ、ありがとうございました」
奥さんは上品に微笑んで、樽を手に引っ込んでいった。それを見送ってルルさんが私に微笑む。
「いくつか目星を付けておきましたから、リオも一緒に選んでくれませんか?」
「私全然わかんないけどいいの?」
「ご夫婦でお選びになることも多いですよ。どんな酒ができるかは言ってみれば運次第ですから、どうぞお互いに納得したものをお選びになってください。うちはマキルカで一番の品揃えですから」
店主の人が優しく頷いてくれたので、私もルルさんの隣に立って石選びに参加することにした。
それにしても「ご夫婦」て。恥ずかしい。ルルさんを見ると目が合ってまた微笑まれる。
目星を付けていたらしい酒精石が並べられていくのを眺めつつ密かに照れていると、そっと近付いてきたニャニが足をたむたむしてきた。バレないようにタムタムし返しておいた。




