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大体お店出てから歌いたい曲を思い出す5

「おかえり〜」


 間延びした声で現れたのは、白ヒゲを蓄えたサンタっぽいおじいさん、というか高架下の飲み屋で飲んでるようなおじいさんである。瓶ビールを持って出現した神様がテーブルに着くと、その前に塩辛の入った小鉢と日本酒が出てきた。


「相変わらずそうですね」

「リオちゃんも元気そうでよかったのー」

「ちゃん付け……」


 まーまー座って座ってと促されて、私は神様の向かいに座った。お酒は断り、烏龍茶で私の前にも現れた塩辛を摘む。ヌーちゃんが興味深そうにフンフン鼻を鳴らしていたけれど、ポテチを優先するようだ。流石に塩辛は塩分が高過ぎるので今のうちに食べてしまおう。


「アマンダちゃんも帰っちゃって寂しいのう」

「無事に帰れてよかったです。ありがとうございます」

「わしはほとんど何もしておらんよ。2人と神官らが頑張ったおかげじゃな」


 ちみちみと塩辛を摘み、お猪口で日本酒を飲みながら神様が目を細めた。


「あの、私がラーラーの大陸に行ったの、神様がやったんですか?」

「色んな要素が絡み合ったからではあるが、まあそう思っても間違いではないかのう。わし神じゃし。といっても、あんなとこまで飛んでいくとは思わなかったがの」

「えっどういうことですか」

「本当はこの神殿からちょい離れた場所にでも移動させられたらよかったんじゃけど、なんかちょっとズレてしまったようでな」

「怖っ!!」


 なんかちょっと、であんな遠くまで飛ばされるとか。うまいこと平和な場所に流れ着いたからよかったけど、起きたら狼に囲まれてたとか、なんかよくわかなんないヤバい大陸に行ってたとかだったらどうしてくれてたんだ。


「神様なんだからもうちょっと頑張ってくださいよ。私が死んでたらどうしてくれるんですか。保険金下りるんですか」

「いやー、わしがやったと言っても全部がわしの意思というわけでもないというかのー。わしの力が満ちてたからわしの力でもあるし、移動しろと願った者が多かったから人のせいでもあるし、その願いを受け入れようとした大地の力もあるし、まあ色んな思いが混じり合って行き先がズレたんじゃよ」


 やっぱりここだとわしの純粋な意思ってまだ通りにくいし、とかなんとか言っている神様はちょっと言い訳くさいけれど、一応本人は手近な場所に飛ばすだけで早めに帰れるようにするつもりではあったようだ。


「じゃあ、神様があそこに連れていってくれたわけじゃないんですね」

「そうそう」

「あのとき移動しろと願った人たちって、シーリースの人ですよね? なんで私はシーリースに行かなかったんですか?」

「そりゃ何が何でも行かせんと願っとった者がおったしなあ。それこそ、自分より大きい力に干渉するほどの」


 その心当たりはめっちゃある。


「まあ、リオちゃん自身も行きたくないと思っておったじゃろ。ここがこれ以上歪むと大変じゃし、どれだけ願いが強くともシーリースには着かなかったんじゃないかの。わしとしても、リオちゃんにはここでカラオケしてもらったほうがありがたいし」


 そう神様は小さく言った。

 神様も私がシーリースに移動することについては反対だったようだ。神様としては預かっているこの世界をいい感じに保っておきたいという気持ちがあるだろうし、そのために一番効果的なパイプ役である私も守っておきたかったという理由もあるのだろう。


 けれどそれはシーリースの人たちから見ると、見捨てられたと思うような決断かもしれない。積極的に切り捨てているわけではないし、同じ世界にいるんだから変なことをしなければ少しずつでもよくなっていくはずだ。

 けれど、彼らが必要だと思っている救世主を、神様はシーリースへ行かせようとはしなかった。実際には私が行っても何もできないのだけれど、シーリースの人たちはそう思っていなかったから、それを神様直々に却下されたとなると少なからずショックだろう。

 あの自分勝手なおじさんはどれだけショック受けてくれてもいいけど、シーリースに暮らす、罪のない多くの人が悲しむのは可哀想ではあった。


「シーリースは、革命が成功したら今よりもうちょっと暮らしやすくなるかもしれないですよね?」

「そうじゃのー。人の意思は強い。より良き世を目指す人が増えれば、自ずとそちらへ傾くであろう」


 少なくとも、今のシーリースではダメだと思っている人が実際に行動に移し始めている。だからシーリースもきっと良くなるだろう。そのときは存分に神様の恩恵を受け取ってほしい。


「いやー、リオちゃんもすっかり救世主じゃのう」

「何言ってんですか?」

「故郷を捨てて神に祈り、人々の平和を願うのは立派な救世主じゃよ」

「えぇ……そう言うと立派に聞こえますけど、私実際カラオケしかしてないし」


 この世界の祈りがもし物理学について研究するとかだったら、私は間違いなくただの一般人だった。平和を願うといっても、それは突き詰めると私に迷惑をかけてほしくないからだし、例えばまだ名前も知らないような国でも何かしらトラブルがあるだろうけれど、そういう遠い話については特に何も思いを抱いていない。


「故郷を捨てたっていっても、こっちの方が暮らしやすいなくらいの気持ちだし。別にすごい人間とかになったわけじゃないです」

「それでいいんじゃよ。大体、自分はすごいことができて誰でも救える万能の救世主だ!! って自分で言ってたら危ないじゃろ。人として」

「それは確かに……」


 そんな人がいたら近寄りたくない。なんかヤバそうだし。


「自分が気持ちよく暮らすために頑張る、それでちょっと誰かのことを気にかける。それだけで十分救世主といえるんじゃないかとわしは思っとるがの」

「すごい平凡ですね。それって誰でもなれるんじゃないですか?」

「救世主って別に定員制とかじゃないからのー」


 神様はのんびり言った。確かに、救世主って1人のイメージだけど特にそんな制約ってないのだろう。アマンダさんがいたときは、彼女も救世主と呼ばれていたし。


「あんまり難しいこと考えんで楽しんでおけばいいんじゃよ」

「神様が気楽な人だと、プレッシャーとかなくて助かりますね」

「そうじゃろうそうじゃろう」


 うんうんと頷いた神様の小鉢へ、ヌーちゃんが近付いていく。それを抱っこして引き止め、おしぼりで汚れたふわふわを拭きながら、私は神様に向けて言った。


「救世主かどうかはわかんないですけど、私は歌が好きなので、これからもここで歌っていきます。それが誰かのためになるなら、もっと嬉しいし。一日中ヒトカラして暮らす罪悪感が減るし。……だから、私はこの世界で暮らしていこうと思います」


 これが今、私が出せた決断だ。ここで暮らしてきて、ここの人たちとふれあって、そうして決めた私の気持ち。なんとなく、神様に聞いてほしかった。

 じっと私を見て、神様が柔らかく微笑む。


「思ったように生きてみるといい。どこにいても何をしても、見守っておるからの」

「……ありがとうございます」

「もうちょっと安定するまではちょいちょい様子見るし、この空間も好きなだけ好きなようにいじってくれたらいいしのう」

「ありがとうございます!! 新しい機種が出たら教えてもらっていいですか!!!」

「リオちゃんはほんとにカラオケ第一じゃなぁ……」


 神様にちょっと遠い目をされたけど、永久カラオケし放題はやっぱり天国である。

 幸せだなあと思いつつ神様にお礼を言い、神様が帰ってからはルルさんに怒られるまで歌いまくった。






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